恐れから喜びへ。学びの未来について語る

2013年のTED賞受賞のスガタ・ミトラさんは、私たちが学ぶパフォーマンス心理学ととても近いところにいる人です。ちょうどホルツマンとの対談があるのでそれをきっかけに私も彼のTEDトークを聞いたのですがとても面白かったのでシェアをします。

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国際日本学部のウェブで活動紹介が掲載されました。

国際日本学部の岸ゼミの研究テーマのひとつは、Information and Communication Technology(ICT)を活用した異文化間協働です。

ゼミ生の松木 響子さん(3年)は、現在、日本とシリアの高校生たちのオンライン上での異文化間協働をつなぐ立場として活動を行なっており、具体的には、日本とシリアの高校生が一緒になって、トルコに避難するシリア人児童の遊び活動を企画・実施できるように支援しています。松木さんは、4月からの2ヶ月間、日本人高校生および本活動の現地の連携者Mai氏(シリア人)とコミュニケーションをとりながら準備を進めてきました。

6月初旬、都内の高校を訪問し、日本とシリアの高校生が活動を進めるためのテレビ会議を行いましたので、ご紹介します。

2019年6月11日
日本とシリアの高校生をオンラインで繋ぐー日本と世界をつなぐ国際日本学部の学生たちの取り組み

5/20 JAPIと連携した留学生キャリア教育支援プロジェクト

「新しい活動はどのように生まれるのか」「新しい活動をどう生み出していくのか」は私の研究と問い(関心)でもあり、そのための学習環境(場の)デザインが研究テーマ。

ゼミでは、学生たちが悩みながらもいろんな活動が生まれてきてその現場に身を置きながらみていけるのがとても楽しいです。その1つをご紹介したいと思います。

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3/23 トルコFW7日目

イスタンブールのNGOを訪問。かれこれ3年のお付き合いのあるNGOです。もともとこのNGOはTemporary Education Centerだったのですが、トルコ国内のTECがすべて閉鎖、シリア人児童生徒はトルコの公立高校にいくことになり、この学校は、現在は、次の2つを含むシリアコミュニティの支援の活動をしています。

(1)こどもの支援
ひとつは、学校の勉強についていけない子どもに、補習校として家庭教師的な学習支援をする。もうひとつは、学校と家庭以外に居場所のない子どもたちに「居場所」を提供する。子ども会やピクニック、ものづくりワークショップなどをして子どもたちが集まり、関われる活動と場を提供しているのです。「場所だけでは人は集まらない。集まるきっかけとなる活動ー自分がここにいたい、いてもいいんだと思える活動を提供しつづけることを私たちは大切にしている」ということでした。現在、大阪府高槻市の芥川高校の生徒がその一つの活動を一緒につくっています。

(2)女性の支援
シリア人女性たちは社会的に孤立しがちです。仕事をしていない女性は家にこもりがちで外との関係をほとんど持つことができません。また仕事をしていても様々な問題(長くなるのでいずれまた説明)を抱えていて、その問題について相談にのってくれる人を探すことも簡単ではありません(見知らぬ人に家庭のことを気軽に話すことはできないから)。このNGOでは、女性たちにトルコ語の語学コース、裁縫や刺繍などのコースを提供し、女性が外に出る機会を作っています。また子どもの支援といいながら、実は女性たちがこのセンターにこれるようにも工夫しています。子どもがセンターに来る時には母親も一緒に来ることが多いので、それをねらって、たとえば5歳の子どもの会とかを開いて、小さい子どもをもつ母親がこれるきっかけをつくっているのです。このセンターが女性たちにとって安全な場所であることを女性たちが気付けば、あとは自然と自分の悩みや問題を話すようになり、このコミュニテイに通う女性たち全体で支えていくそうです。

他にも詳しくいろんなことを教えていただいたので、詳細はけいじゅにお願いしたいと思います。けいじゅが熱心にかつ丁寧にインタビューしてくれたので、NGOのハティージャ先生もそれに真摯に答えてくれていました。私はその間お茶を飲みながら通訳&休憩。けいじゅのインタビューが上手になっていて感心した。

その他、芥川高校とこのNGOの国際連携プロジェクトのコーディネートもあわせて慶樹が進めてくれました。ほんと頼りになる。

そのあと30分遅れで、UNRWAの教育開発センターーの所長で私のパレスチナ人の父であるアブアラーを訪問。アブアラーは、1948年イスラエル建国時に、パレスチナから追い出され、難民となりシリアにいきつきました。当時4歳。それからシリアで育ち、教育を受け、教師(美術)になり、教頭、校長、スクールスーパーバーザー(アラビア語)、教育開発センターの副所長、所長となり、UNRWAでその任務を終えました。引退後しばらくして、シリア内戦がはじまり、再び国を出て、スーダンに避難し、そこで国籍を獲得しました。長い人生で自分の国籍があったのは5年なんだよ、という言葉が忘れられません。国籍とは、空気のようなもの。それに気づかされました。ここでもけいじゅが丁寧にインタビューをしてくれたくさんのお話を聞かせていただきました。お話に聞き入ってしまったので、気づいたら次のアポに大幅遅刻・・。

そのあと1時間遅れでアリーの家へ。パルミラのブスタン(ベドウィンたちがらくだや馬をかっている庭のような場所)で過ごすように暖かい時間でした。

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