岸ゼミ企画”あゆのグラレコワークショップ”第2弾!

とてもプレイフルに学べた1日でした

学生、小学校の先生、高校生、大学教員といろんな人が参加してくれ、多様な人たちが多様な表現を学び、多様なコミュニケーションが生まれました。

グラレコは、頭も使うけれど、何より心(情動)をすごく大事にするので、学び方が暖かい。コミュニケーションをと教え私たちは学ぶけれど、情報のやりとりではなく、心(情動)も含めて共有していけるので、学びの場がとても暖かくなるし、心に残る。

グラフィックレコーダーで今回のWSの講師をしてくれたあゆに感謝!!暖かい場を一緒につくってくれた参加者のみなさんに感謝!!

【1&2期生】卒業生による映像編集の講習会

今日はゼミ終了後、卒業生のDEN、岩見君、MANOがゼミ生に映像編集の講習をしてくれました。卒業生がこんな風にゼミ生に関わってくれるのは本当に嬉しい!ゼミというものが、学生時代の2年だけの時間ではなく、卒業してからもゆるやかにつながるネットワークとして動いていけばいいなって思います。

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2019年度ゼミ1回目

ゼミがはじまりました!3年生は水4限、4年生は水5限です。とてもいい感じでのスタートとなり、次回からも楽しみです。3年生は自己紹介とこれから自分たちで生み出す活動についてのアイデアだし。交換留学生2名(米国・オーストラリア)も参加してくれ、国際的に、プレイフルに、想像的に、想像的に、協働的に取り組んでいきたいと思います。4年生は卒業論文にむけて準備。3年生での経験や問いを土台にして自分の研究テーマを深めて言ってもらえればと思います。

3/23 トルコFW7日目

イスタンブールのNGOを訪問。かれこれ3年のお付き合いのあるNGOです。もともとこのNGOはTemporary Education Centerだったのですが、トルコ国内のTECがすべて閉鎖、シリア人児童生徒はトルコの公立高校にいくことになり、この学校は、現在は、次の2つを含むシリアコミュニティの支援の活動をしています。

(1)こどもの支援
ひとつは、学校の勉強についていけない子どもに、補習校として家庭教師的な学習支援をする。もうひとつは、学校と家庭以外に居場所のない子どもたちに「居場所」を提供する。子ども会やピクニック、ものづくりワークショップなどをして子どもたちが集まり、関われる活動と場を提供しているのです。「場所だけでは人は集まらない。集まるきっかけとなる活動ー自分がここにいたい、いてもいいんだと思える活動を提供しつづけることを私たちは大切にしている」ということでした。現在、大阪府高槻市の芥川高校の生徒がその一つの活動を一緒につくっています。

(2)女性の支援
シリア人女性たちは社会的に孤立しがちです。仕事をしていない女性は家にこもりがちで外との関係をほとんど持つことができません。また仕事をしていても様々な問題(長くなるのでいずれまた説明)を抱えていて、その問題について相談にのってくれる人を探すことも簡単ではありません(見知らぬ人に家庭のことを気軽に話すことはできないから)。このNGOでは、女性たちにトルコ語の語学コース、裁縫や刺繍などのコースを提供し、女性が外に出る機会を作っています。また子どもの支援といいながら、実は女性たちがこのセンターにこれるようにも工夫しています。子どもがセンターに来る時には母親も一緒に来ることが多いので、それをねらって、たとえば5歳の子どもの会とかを開いて、小さい子どもをもつ母親がこれるきっかけをつくっているのです。このセンターが女性たちにとって安全な場所であることを女性たちが気付けば、あとは自然と自分の悩みや問題を話すようになり、このコミュニテイに通う女性たち全体で支えていくそうです。

他にも詳しくいろんなことを教えていただいたので、詳細はけいじゅにお願いしたいと思います。けいじゅが熱心にかつ丁寧にインタビューしてくれたので、NGOのハティージャ先生もそれに真摯に答えてくれていました。私はその間お茶を飲みながら通訳&休憩。けいじゅのインタビューが上手になっていて感心した。

その他、芥川高校とこのNGOの国際連携プロジェクトのコーディネートもあわせて慶樹が進めてくれました。ほんと頼りになる。

そのあと30分遅れで、UNRWAの教育開発センターーの所長で私のパレスチナ人の父であるアブアラーを訪問。アブアラーは、1948年イスラエル建国時に、パレスチナから追い出され、難民となりシリアにいきつきました。当時4歳。それからシリアで育ち、教育を受け、教師(美術)になり、教頭、校長、スクールスーパーバーザー(アラビア語)、教育開発センターの副所長、所長となり、UNRWAでその任務を終えました。引退後しばらくして、シリア内戦がはじまり、再び国を出て、スーダンに避難し、そこで国籍を獲得しました。長い人生で自分の国籍があったのは5年なんだよ、という言葉が忘れられません。国籍とは、空気のようなもの。それに気づかされました。ここでもけいじゅが丁寧にインタビューをしてくれたくさんのお話を聞かせていただきました。お話に聞き入ってしまったので、気づいたら次のアポに大幅遅刻・・。

そのあと1時間遅れでアリーの家へ。パルミラのブスタン(ベドウィンたちがらくだや馬をかっている庭のような場所)で過ごすように暖かい時間でした。

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