知識の獲得から知識の活用が求められる時代になった。知識の活用が求められる教育活動では、教師が如何に効果・効率的に教えるか、ではなく、学習リソースを如何に配置するのか、どのような系家ンをさせるのか、専門性にどうアクセスさせるのか、といったことが重要となる。というのも、知の活用を目的とした授業で目指されるものは、high achievement、すなわち、暗記するだけではなく、問題解決をしたり、何かを作り出したりといった知識構築だからである。韓国の教育では、上記のような目標をもって教育改革を進めるが、「評価」が従来どおり「知識の獲得」が基準となるため、混乱がみられる。韓国は受験競争が激しく、教育なければ、未来はない、と考える人が多い国である。そのため、知識の活用を目的とした授業、例えば、協同学習を導入しても、受験を重視する保護者の理解を得られず、子どもの理解を得られず、教師も理解できず、うまくいかない。デジタル教科書を使ったuラーニングが、この数年教育分野においてかなり進められたか、上記の問題が残された。言い換えればデジタル教科書を使って、協同学習や高次思考力をめざした授業を試み、その結果、問題解決力やコミュニケーション力、自律的学習態度が促進されたが、学校の成績について、統制群と実験群で差がみられなかった。生徒、保護者、教師にとって関心があるのは、どう受験戦争を乗り切るか、である。成績に違いがみられないのであれば、その成果について受け入れられることが難しい。つまり、問題解決力やコミュニケーション力がついたとしても受験に関係がなければ、学校教育では受け入れられないのである。 このような問題を抱える韓国では、u-learningから次のステージに進んでいる。次は、SMART learning である。SMART Learning のSは、Self-directed, Mは、Motivated, Aは、Adapted、Rは、Resourced enriched、Tは、Technology embeddedを意味する。これに伴い、ゆっくりであるが、受験の方法に新しい評価を取り入れる大学もみられるようになった。 SMARTラーニングを推進するために、着目されているのが協同学習である。協同学習を推進するために、研究者は様々な学習モデルをもとにその方法について検討している。そのひとつが、Stahl 2006である。競争社会の韓国で協同が根付くのか、といった疑問があるかもしれない。もし、協同学習が、知識の獲得を目的としたのであれば、自分の知っていることを相手に知られたくない、相手が理解するようになると自分が不利になるといった心理が働き協同学習がうまくいかないかもしれない。しかし、韓国で目指している協同学習は複雑な問題を解決するというものであるため、生徒は他の生徒と助け合いながら、楽しく問題解決をしている。そのため、そういった課題(生徒の多様な意見や考え、違う観点を必要とする課題)を提供する力が教師に求められるが、そこが難しい。それは、課題を作る能力があるかないかではなく、教師自身が協同で問題解決をするという経験をしていないため、どういう課題が協同学習に適しているかを判断できないからである。そのため、SMARTlearningを推進するためのひとつの課題は教員に対する取り組みである。 上記の問題を解決するために、学校の外の専門家や地域の人と連携することで、「多様な意見や考え、違う視点」を教室の中に持ち込むという方法がある。しかし、韓国の学校文化は、閉鎖的であり、義務でない限り、教師が教室に人を入れることはない。それは、直接教室の中に人が来るだけではなく、たとえICTであっても、外の人に自分の授業に関わってもらうことはない。ただし、英語教育については例外である。英語教育では、英語会話演習の一貫としてICTをつかって外とつなぐことがある。 Dr. Sunhee の話をまとめるとこんな感じだろうか。ICTの発展により、理論的には「可能」であることも、カリキュラムやその国,地域の文化や社会的価値観によって、それが「不可能」になることもある。このプレゼンをとおして、我々研究者は、技術やツールを独立した「もの」として捉えるのではなく、社会的、文化的な関連の中で捉え、デザインしていかなければならない、と再認識した。 ]]>

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