📚 Special Issue Vol.1
しくじり・えー・びー・あーる・とくしゅう

しくじり
ABR特集

「活動」で終わらせず、
リサーチにするために。
うまくいかなかった実践の中に、
ABRの入口がある。

KISHI_SEMINAR 2026 — VOL.1 ARTS-BASED RESEARCH

編集まえがき
ようこそ、しくじりABR特集へ

ABRをやってみようとすると、最初に出てくるのは、たいてい「活動」です。

写真を選ぶ。絵を描く。カードを使う。語り合う。身体を動かす。作品を見せ合う。
どれもABRにとって大切な入り口です。けれども、アート的な活動をしたからといって、それがそのままリサーチになるわけではありません。

「楽しかったね」「みんないろいろあるね」「人それぞれだね」「自分のことを話せてよかったね」
——こうした経験にも意味はあります。けれども、社会科学としてABRに取り組むなら、そこで終わるわけにはいきません。

個人の経験を語ったあとに、何が見えてくるのか。
その語りの背後に、どんな社会の価値観や前提があるのか。
誰が語りやすく、誰が語りにくいのか。
何が表現され、何が表現されなかったのか。
その場で生まれた沈黙、戸惑い、笑い、違和感は、何を示しているのか。

ABRをリサーチにするためには、活動の中で起きた出来事を、もう一度問いとして読み直す必要があります。


この特集では、ゼミで生まれた「しくじりABR実践」を取り上げます。 ここでいう「しくじり」とは、誰かを責めるための言葉ではありません。 うまくいかなかった実践、どこか物足りなかった実践、途中で止まってしまった実践、思ったような対話にならなかった実践——そうした出来事の中にこそ、ABRを学ぶための大切な手がかりがあります。

  • なぜ、その実践はリサーチとして弱かったのか。
  • 何が「ただの活動」で終わってしまったのか。
  • 本当は、そこにどんな問いが眠っていたのか。
  • どのように設計し直せば、社会や人間関係を理解するための実践になったのか。
✦ しくじりは「失敗の記録」ではない

たとえば、個人の経験を語って終わってしまう実践があります。 「みんないろいろあるね」という気づきは生まれるかもしれません。しかし、社会科学のABRとしては、もう一歩先に進む必要があります。 なぜその経験が生まれたのか。その経験は、どのような社会的な期待、関係性、文化的な前提とつながっているのか。そこまで問いを広げることで、個人の語りは社会を読む入口になります。

また、扱いたい問題はとても切実なのに、ワークの設計がその問題に届いていない実践もあります。 本当は「他者から一方的に解釈されること」や「善意の決めつけ」を扱いたかったのに、実際には「相手の意図を当てるゲーム」になってしまうことがあります。 テーマが重要であっても、それをどのような経験として参加者に開くのか、どのような問いとして観察するのかが設計されていないと、ABRとしては届かなくなってしまいます。

ABRでは、失敗もデータになります。
つまらなさもデータになります。
モヤモヤもデータになります。
沈黙も、ズレも、戸惑いも、場の停止も、すべて問いの入口になります。
ただし、それらは自動的にデータになるわけではありません。 大切なのは、そこで立ち止まり、「何が起きていたのか」を考えることです。

  • なぜ、つまらなかったのか。
  • なぜ、問いが立ち上がらなかったのか。
  • なぜ、参加者は語れなかったのか。
  • なぜ、意図した経験とは違うことが起きたのか。
  • なぜ、その場で違和感を言葉にできなかったのか。
この「なぜ」に向き合うとき、しくじりは探究に変わります。

この特集は、完成された成功事例集ではありません。むしろ、まだ途中の実践、うまくいかなかった実践、惜しかった実践を集めたものです。だからこそ、ここにはABRを学ぶためのリアルな手がかりがあります。

しくじりを笑って終わらせるのではなく、責めて終わらせるのでもなく、その中にある問いの芽を見つけること。
活動がリサーチになる瞬間を見極めること。
個人の語りを、社会や人間関係を理解する問いへと開いていくこと。
それが、この「しくじりABR特集」の目的です。

「これは、ただの活動で終わっていないか」
「この実践は、何を問うているのか」
「個人の経験から、どんな社会が見えてくるのか」
「このしくじりから、次に何を設計し直せるのか」

そんな問いを持ちながら、ひとつひとつの事例を読んでみてください。

しくじりの中に、ABRの入口があります。

特集記事一覧

理論的背景1本 + 実践8本(順次公開予定)

理論 📖 Theory

理論的背景
この特集を読む前に——ABRと「実験」をめぐる問いの地平

なぜ「しくじり」はリサーチの入口になるのか。 福島真人『「実験」とは何か』(2025)が拓く科学・社会・芸術の交差点から、 ABRをリサーチとして問い直す理論的な背景を整理する。

01 🎯 Practice

しくじりABR実践①
「個人の語り」で終わらせず、ABRをリサーチにするために

写真を選び、語り合い、「みんないろいろあるね」——活動は盛り上がった。でもそれは、リサーチだったのか? 個人の経験の背後にある社会的前提・価値観・関係性へと問いを広げるために何が必要か、しくじりから考える。

02 💬 Design

しくじりABR実践②
「意図が伝わらない」だけでは、リサーチにならない

扱いたい問題はあった。テーマも重要だった。でもワークの設計が、その問題に届いていなかった。 意図とズレた経験が生まれたとき、それを「失敗」で終わらせず問いに変えるために。

03 🔇 Silence Coming Soon

しくじりABR実践③
沈黙は「失敗」ではなかった——場の停止をデータとして読む

ワーク中に訪れた長い沈黙。その場を「うまくいかなかった」と終わらせてしまっていたけれど、じつは沈黙の中に問いの芽があった。

04 😂 Laugh Coming Soon

しくじりABR実践④
「笑いで場が和んだ」——でも、その笑いは何だったのか

緊張をほぐすための笑い。でも、ある瞬間の笑いは、話せない何かを覆い隠していなかったか? 笑いを感情の出口ではなく、リサーチの問いとして読み直す試み。

05 🎨 Making Coming Soon

しくじりABR実践⑤
「作品を作ること」が目的になってしまったとき

コラージュ、絵、映像——制作プロセスに夢中になるうちに、問いを立てることを忘れてしまっていた。 成果物の美しさと、リサーチとしての問いは、どう両立するのか。

06 👥 Power Coming Soon

しくじりABR実践⑥
ファシリテーターの「善意」が場を閉じてしまったとき

「盛り上げよう」「まとめよう」という善意が、参加者の違和感や抵抗を見えなくしてしまう。 ファシリテーションにひそむ権力の働きをしくじりから照らす。

07 🗂 Analysis Coming Soon

しくじりABR実践⑦
データは集まった。でも、分析でリサーチが止まった

ワークは丁寧にできた。記録も残った。でも「それで、何がわかったの?」という問いに答えられない。 ABRにおける分析とは何か、しくじりを通して問い直す。

08 ✍️ Redesign Coming Soon

しくじりABR実践⑧
「やり直す」こと自体が、ABRのリサーチになる

しくじった実践を振り返り、設計し直し、もう一度やってみる。 その反復プロセスのなかにこそ、ABRの核心がある。 しくじり特集の総括として、「再設計」という視点から考える。