1. どんな実践だったか
このワークのテーマは、「善意によってなされる決めつけや一方的な解釈」という問題だった。 たとえば、「あなたのためを思って言っている」という言葉が、どれほど相手を傷つけることがあるか。 「あなたはこういう人だよね」という見方が、どれほど人を縛ることがあるか。
設計者は、このテーマをABRを通じて参加者と一緒に考えたかった。 そこで、次のようなワークを作った:参加者がペアになり、相手が描いた絵や選んだカードの「意図」を推測して書き、その後で答え合わせをする、というものだ。
「意外と当たってた!」
「全然違ったけど、それが面白かった」
「もっと当てようとしたらもっと難しかった」
参加者は楽しんでいた。でもふりかえってみると、ワークは「意図を当てるゲーム」になっていた。 当たった/外れた、という結果に意識が集中し、「善意の決めつけが人に何をするか」という問いは、どこかに消えてしまっていた。
2. 何がズレたのか
このズレの構造を整理してみよう。
設計者が問いたかったこと:「善意の決めつけは、なぜ傷つけるのか。なぜ止まらないのか。」
参加者が体験したこと:「相手の意図を読む推測ゲーム」
なぜこのズレが生じたのか。ワークの中で「一方的な解釈をされる」という経験が生まれていなかったからです。 「意図を当てる」というゲームは、正解・不正解のある認知課題になりやすく、 「決めつけられた感覚」「傷つき」「抵抗」という感情的・関係的な次元が切り落とされてしまう。
- そのワークで、参加者は「設計者が問いたかった体験」をしているか?
- 参加者が夢中になっていること(当たった/外れた)は、テーマに向かっているか?
- 設計者の「意図」と参加者の「体験」の間に、どんなズレがあるか?
- このズレ自体が、リサーチの問いになれないか?
3. 「意図が伝わらなかった」という語りで終わらせない
しくじりを振り返るとき、「意図が伝わらなかった」という表現がよく出てきます。 しかしこれは、リサーチとしての分析ではありません。
「意図が伝わらなかった」は、設計者の視点から見た出来事の記述です。 でも、参加者の体験から見ると、何が起きていたのか?
参加者は「意図を当てるゲーム」を楽しんでいた。それはなぜか。 そのゲーム的な楽しさが生まれた理由の中に、「なぜ人は他者の意図を読もうとするのか」「なぜ正解・不正解という枠組みがこれほど自然に立ち上がるのか」という、より深い問いが眠っていなかったか。
設計者の意図と参加者の体験のズレは、「失敗」である前に、「データ」です。 なぜズレたのかを問うことで、人がABRのワークにどう参加するか、どんな枠組みを持ち込むかが見えてきます。 それ自体が、社会科学的な発見になりえます。
4. テーマは重要だった——では、どう設計し直すか
「善意の決めつけ」というテーマは、じつはとても豊かで重要な問いを持っています。 しかしそれをABRで扱うためには、参加者が「決めつけられる体験」を内側から感じることができる設計が必要です。
たとえば、「あなたはこういう人だ」と他者から語られる場面を設計することで、 その語られ方に対する感情的な反応(違和感・怒り・納得・抵抗)が生まれ、 「善意の決めつけがなぜ傷つくのか」という問いへの入口ができます。
- 「当てる/外れる」ではなく「語られる/語られた感覚」をデザインする
- 参加者に「一方的に解釈された経験」を内側から語ってもらう場面を作る
- 「善意なのになぜ傷つくのか」を問いとして明示し、観察の軸にする
- ワーク後のリフレクションで「どんな感覚があったか」を丁寧に取り出す
- 「ゲーム化してしまった理由」そのものをリサーチの問いにする
- 設計者の意図と参加者体験のズレを、記録・分析の対象として捉える
5. このしくじりから学べること
このしくじりが示しているのは、テーマの重要さとワーク設計の精度は別の問題だということです。 切実なテーマがあっても、そのテーマをどのような経験として参加者に開くのかが設計されていなければ、ABRとして届きません。
同時に、このしくじりは「ズレそのものをリサーチの問いにする」という可能性も示しています。 設計者の意図と参加者の体験のズレは、偶然の産物ではありません。 そのズレの中に、人々がどのようにABRのワークに参加するか、どんな枠組みを持ち込むか、どんな経験が「安全」に見えるかが映し出されています。
「こうなるはずだった」という設計と、「こうなった」という実際の差を問うことが、ABRのリサーチになります。 しくじりは、その差を最も鮮明に見せてくれる教材です。
大切なのは「意図通りにできなかった」ことを反省して終わらせることではなく、 「なぜこのズレが生まれたのか」を問うことで、人間関係や社会の働きを理解する問いへと開いていくことです。 それができたとき、このしくじりはリサーチになります。
「なぜ参加者はゲームとして楽しんだのか」を問うこと。
「テーマは重要だったのに、なぜ届かなかったのか」を設計として問い直すこと。
テーマの重要さは、設計の精度によって初めて参加者に届きます。
しくじりは、その届け方を考え直す入口です。
文責:岸磨貴子研究室