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「個人の語り」で終わらせず、
ABRをリサーチにするために

「あげあげ写真を語る」ワークは、なぜリサーチとして弱かったのか。
活動とリサーチの違いをしくじりから考える。

ABRでは、自分の経験を語ること、写真やコラージュを使うこと、身体を動かすこと、対話することが大切にされます。 しかし、個人の経験を語ること自体が、そのままリサーチになるわけではありません。 「みんないろいろあるね」「人それぞれだね」——そこで終わってしまうと、経験共有としては意味がありますが、リサーチとしてはまだ弱いです。

report_problem しくじり事例:「あげあげ写真を語る」

photo_camera CASE — ゼミで生まれたしくじり実践

あるグループは、「あげあげ」というテーマで、自分のスマホから写真を1枚選び、その写真について語るワークを企画しました。 写真を選ぶ。その写真について話す。みんなで聞く。

一見するとABRらしく見えます。写真を使っているし、自分の経験を語っているし、対話もしています。 しかし、実際にやってみると、どこか物足りなさが残りました。

help_outline 実践のあとに出てきた問い

このワークがつまらなかった理由は、「あげあげ」というテーマが悪かったからでも、写真を使ったことが悪かったからでもありません。 問題は、写真を選んで語ることが目的になってしまい、その経験を通して何を探究するのかが見えていなかったことです。

compare_arrows 「活動」と「リサーチ」の違い

同じワークでも、設計のしかたによって、単なる活動にも、リサーチにもなります。

cancel活動で終わる
  • あげあげな写真を選んで紹介する
  • 楽しい思い出の共有で終わる
  • 「みんないろいろあるね」で締める
check_circleリサーチになる問い
  • 私たちはどんなとき"楽しそうな自分"を見せようとするのか
  • 写真には、どんな自分が写り、どんな自分が写っていないのか
  • "あげあげ"でいることは、誰に求められているのか
  • "ノリがいい"場で"ノれない人"はどうなるのか
  • SNSに見せられる感情と、見せにくい感情はどう違うのか
lightbulb ABRにとって大切なのは、アート的な活動をすることだけではありません。 その活動を通して何が見えるようになるのか。どんな問いが立ち上がるのか。 個人の経験から、どんな社会的な前提が見えてくるのか——ここがリサーチとしてのポイントです。

warning_amber よくある「弱い終わり方」

ゼミでABR実践をすると、次のような終わり方になりがちです。 もちろんこれらは大切な気づきですが、リサーチとしてはもう一歩進む必要があります。

not_interested リサーチとしては弱い終わり方
search 「人それぞれ」の先に問うこと

visibility ABRをリサーチにするための5つの視点

construction 「あげあげ写真」をリサーチに変えるなら

元の活動は「あげあげな写真を1枚選び、その写真について語る」というものでした。 これをリサーチに変えるなら、たとえば次のように設計できます。

flip 改善案1:写真の「表」と「裏」を語る
  1. スマホから「あげあげ」に見える写真を1枚選ぶ
  2. 表の語り:「これは楽しかった写真です」「このとき気分が上がりました」
  3. 裏の語り:「この写真に写っていないことは何か」「本当は少し気になっていたことは何か」
  4. 聞き手は、見えているものと見えていないものの違いについて質問する
  5. 「私たちはどんな自分を見せ、どんな自分を隠しているのか」を話し合う
help この実践で考えられる問い 写真は、どのように自己像をつくるのか。/ 人は、どのような感情を見せやすく、どのような感情を隠しやすいのか。/ 「あげあげ」に見える自己表現の裏に、どんな感情や関係性があるのか。
title 改善案2:他者が写真にタイトルをつける
  1. 写真を1枚選ぶ(本人はまだ説明しない)
  2. 他の人が、その写真にタイトルをつける
  3. そのあと、本人が写真の意味を語る
  4. 他者の読み取りと本人の意味づけのズレを話し合う
help この実践で考えられる問い 他者は、写真からどのように感情を読み取るのか。/ 本人が見せたい自分と、他者に見える自分はどう違うのか。/ 私たちは、他者の経験をどのように想像し、誤読しているのか。
sentiment_dissatisfied 改善案3:「あげあげになれない」写真を選ぶ
  1. 「あげあげになれない」「気分が上がらない」写真を1枚選ぶ
  2. なぜその写真を選んだのかを語る
  3. どんな場面で、人は元気でいることを求められるのかを話し合う
  4. 「ノリ」「明るさ」「ポジティブさ」が場の中でどう働いているかを考える
help この実践で考えられる問い 元気でいることは、誰に、どのように求められているのか。/ 「あげあげ」になれない人は、場の中でどのように位置づけられるのか。/ ポジティブであることが評価される社会で、弱さや疲れはどこに置かれるのか。

checklist リサーチにするためのチェックリスト

自分たちの実践を考えるとき、次の問いで確認してみましょう。

help_center1. この実践は、何を問うているか
account_tree2. 個人の経験から、社会や人間関係が見えるか
layers3. 作品や語りの背後にあるものを見ているか
record_voice_over4. 場で起きたことを観察できるか
diversity_35. 「人それぞれ」で終わらせていないか
ABRでは、個人の経験を語ることは大切です。
しかし、個人の語りを共有して「みんないろいろあるね」で終わってしまうと、リサーチとしては弱くなります。

活動をするだけでは、研究にはなりません。
その活動を通して、何が見えたのか。何が語られ、何が語られなかったのか。誰がどのように反応したのか。そこから、どんな問いが立ち上がったのか。

これを考えることで、ABRは単なるワークショップではなく、リサーチになります。

失敗した実践、つまらなかった実践、途中で止まった実践も、大切な学びになります。
なぜなら、そこには「何がまだ問いになっていなかったのか」が表れているからです。

文責:岸磨貴子研究室