プログラム開発

本プロジェクトの概要と目的

本研究では、NHK for Schoolの番組などを活用したSDGs教育プログラムの開発をテーマに、7つの実践研究を行い、その実践を通して、SDGs教育における映像コンテンツの活用の方法として、映像コンテンツを活用した具体的な活動、そのための教育環境デザインおよび教師の働きかけを明らかにすることです。

本研究で活用する映像コンテンツは、主にNHKが「NHK for School」ポータルサイトや「SDGsをいっしょに学ぼう!ひろがれ!いろとりどり」のウェブサイト上で公開しているものです。後者では、児童・生徒がSDGsを学ぶ際に活用しやすいように、環境破壊、異常気象、貧富の格差、紛争など、地球上で起きている様々な問題について学べる映像コンテンツを、17の目標別に整理して公開しています。

学校におけるSDGs教育は、総合的な学習の時間(探究学習)、道徳、英語などで取り組まれています。その取り組みの中で、児童生徒がSDGsに関連する社会の様々な問題を知り、関心を持つきっかけとして、または、児童生徒の関心に基づいて理解を深めるために映像コンテンツが活用されたりしています。確かに、映像コンテンツを見せることで、児童生徒は世界が抱えている問題を知ることはできるが、見るだけでは、それを自分ごととして捉え直すことは簡単なことではありません。

また、映像コンテンツで描かれたものを現実として鵜呑みにしてしまうこともあるでしょう。映像コンテンツは、人によって切り取られ、編集されたものです。社会の問題は多面的であり、映像コンテンツはひとつの現実でしかなく、描かれていない側面にも目を向けていくことが重要です。

本研究では上述した問い(問題意識)を持ちながら、SDGs教育においてどのように映像コンテンツが活用できるかについて実践研究を行っています。特にNHK for Schoolの番組や動画クリップなどの映像コンテンツを活用した実践事例をもとに考察、提案していきます。

実践事例

本研究では、NHK for Schoolなどの番組を活用したSDGs教育について7つの実践研究を行っています。
2022年度は、三宅実践、石井実践、三浦実践の実践報告をします。
他の実践は、2023年度にその実践報告と研究成果を行い、ウェブにてシェアします。

1.個別探究でSDGsを深める実践 (三宅実践)
2.共通の問題意識でSDGsに取り組む実践 (石井実践)
3.国際学校間交流を通してSDGsに取り組む実践 (三浦実践)
4.教科学習からSDGsに関連づけていく実践 (佐久間実践)
5.当事者としてSDGsに取り組む実践 (植田実践)
6.映像をきっかけとしてSDGsに取り組む実践 (菅井実践)
7.身近な出来事からSDGsに取り組む実践 (田端実践)

1. 個別探究でSDGsを深める実践

本実践に取り組むのは、瀬戸SOLAN小学校の三宅貴久子教諭である。三宅実践では、総合的な学習の時間において、児童が個別探究を実施し、個々のテーマとSDGsとの関連について対話を通して自覚させ、SDGsへの理解を深める実践に取り組んでいる(三宅、鈴木、久保田 2022)。この学校では、SDGsについて最初から児童に提示して活動を進めるのではなく、個々の探究活動の探究プロセスの中で、子どもの状況に応じて教師との対話によってSDGsの17の目標を意識させる取り組みをしている。

児童はまず自分の興味関心のあるテーマを探すが、必ずしも何を知りたいのか、調べたいのかが明確なわけではない。そこで、三宅教諭は、児童に探究の問いを持たせるために、NHK for Schoolの映像コンテンツの視聴を促した。具体的には、児童が一人一台のタブレット端末を持ち、NHK for Schoolにすぐにアクセスできるように、トップ画面にアイコンを表示している。これにより、児童は関心のある映像を自由に視聴できるようになった。写真1は、プラスティックごみによる生き物の害に関心のある児童がそれに関連する映像を視聴している様子である。児童らは、自分の興味・関心に関連するさまざまな映像を視聴し、自分が個別探究で調べたいテーマを決めて問いを立てていった。

しかし、関連する映像を視聴したからといって必ずしも探究の問いがたつわけではない。三宅教諭は、図書資料、外部専門家との話し合いやフィールドワーク等を取り入れて、時間をかけて問いを明確にするように支援した。フィールドワークを取り入れる際には、興味・関心別のグループを編成し、どのような施設を見学したいかについて話し合いの場を設定し、インターネットで施設を検索させたり、移動手段を調べさせたりして自分たちで企画書を作成させた。プラスティックゴミに関心をもった児童は、JICA中部なごや地球ひろばの施設を訪問し、SDGsに関する話を聞いたり、資料を集めたりして強い関心を持つようになった。その後、この児童は、同じようなテーマに取り組んでいる子どもにも声をかけ、チームを作り、探究学習に取り組んでいる2年から4年の子どもたちに、ごみ拾い活動への参加を呼びかけた。自分の研究から、ただ単に知識を豊かにしても何も変わらないことを実感した児童は、何か行動しなければという思いに駆り立てられ、行動化へと意識を変化させていった。

以上のことから、児童がSDGsをテーマとした個別探究に取り組む際、次の3点について考慮すべきことがわかった。ひとつは、個々の興味・関心から問いを見つけさせる手立てとして、映像をそのきっかけとして使うことができることである。次に、児童が個別に問いを立てるようになるには、映像だけでなく、様々な活動を組み合わせ、問いの生成と経験や調査を往還させることである。そのためには、十分な時間の保証をすることが必要である。そして、3つめは、SDGsありきではなく、児童生徒の個別具体の経験や関心から出発し、教師との対話を通してSDGsと関連させながら理解させていくことである。

2. 共通の問題意識でSDGsに取り組む実践

本実践に取り組むのは関西大学初等部の石井芳生教諭である。石井実践では、都内のネパール人学校と防災をテーマとした交流学習を実施している(石井、田中、大谷、岸2022)。

石井教諭は、児童らが共同で防災について取り組むまでにまずは双方の関係性構築が必要だと考え、相互理解を目的とした活動を行った。最初のステップは、児童らが交流相手のネパールに関心を持つようなしかけ作りである。インターネット上で発信されているネパールに関するさまざまな映像を視聴させた。それと同時に、互いの学校の様子を紹介する映像を児童等が撮影して送り合うことで心的距離を急速に縮めることができた。また、交流初期に、石井教諭がネパール校を訪問して、先生がたや児童らと直接話せたことも、その後の交流をより親密なものにした要因である。

防災を交流テーマにしたのは、両校の児童が大地震を直接または間接的に経験しているからである。しかし、本実践の防災とは誰にとってのものなのか。自分の家族だけ助かれば良いのか。阪神淡路大震災では、日本に暮らす外国人の犠牲者率が日本人のそれより高かったというデータが残っている。今のままの防災意識ではまた同じことが繰り返されるはずだ。ネパール校の友達や家族を災害弱者にするわけにはいかない。外国人を含むみんなが助かる防災を意識させるねらいで「ドスルコスル」の『どうする?外国の人たちとの共生』を視聴した。また、自分たちが開催する防災イベントの準備段階で「ドスルコスル」の「どうする?大災害が起きたら」を視聴させたことで、イベントブースを運営するシミュレーション力がついた。実際に地震が起きた時は何が必要なのか知恵を絞り出し合った。上述した「ドスルコスル」のドスル編に呼応するコスル編で紹介されている学校の取組を視聴したことによる効果は、防災に関する知識でも、イベント開催のノウハウでもなく、何のための防災イベントなのかという目的意識である。つまり、自分たちが開催する防災イベントに参加してくれた人に、何を伝え、どのような変革を起こしたいのか?この段階で立ち止まり、防災イベントに対する思いを確認できた。

多様な興味関心、問題意識を持つ児童がある程度同じ方向へと動いていくようにしかけるためには、共通の経験としてNHK for schoolのような映像コンテンツは活用しやすい。しかし、見せればすべてがねらいどおりにいくわけではない。複数の映像活用の間には、図書閲覧やインタビュー、フィールドワーク活動があり、個々の取組に対する専門家のアドバイスもあった。

防災×異文化交流の長期スパンの本実践中、両校の児童が東京で対面できたことは奇跡であった。言葉の壁を多少感じながらも、それまでオンラインや制作動画でつながってきた友達と直接会って話せるなんて、どんなに嬉しかったことだろう。

3.国際学校間交流を通してSDGsに取り組む実践

本実践に取り組むのは、プラハ日本人学校の三浦一郎教諭である。在外教育施設は、世界市民としての意識や多文化を理解する教育を実践しやすい。そこで三浦実践では、在外教育施設が持つ国際的地域性に着目し、日本の学校(姫路市立手柄小学校)と在外教育施設(プラハ日本人学校)をつなぐ国際学校間交流を軸とした実践に着手した。

両校の接点を作るために、三浦教諭は、プラハの現地特派員としてプラハを象徴する観光名所「カレル橋」からプラハの街を紹介する映像を作成し、姫路市立手柄小学校に送った。その映像は、手柄小児童が、プラハという街やチェコという国の文化について関心を持つきっかけとなった。

2本目に交換した映像は、プラハ日本人学校の児童が制作した動画である。プラハ日本人学校では、伝統的に学習発表会で演劇を行っており、その様子を撮影した動画を送った。児童は、その動画を収録する準備として、NHKラーニング「世界はほしいモノにあふれてる」『ファンタジーの国を知る、見る、味わう』を視聴した。プラハ日本人学校の児童らは自分達が住むチェコという国の文化や歴史を知り、演劇や人形劇、絵本などがチェコという国にとって大切な表現方法であることを理解することができた。

プラハ日本人学校で制作した動画では、次に示す工夫を行った。ひとつは、手柄小の5年生に向けて呼びかけるということである。ふたつめは、発表会本番の演劇の動画だけではなく、練習風景などそのプロセスを動画で共有することである。手柄小児童がプラハ校児童の学習プロセスに伴走する体験が可能となると考えたからである。

プラハ日本人学校から送った動画をみた日本の児童は、動画に関して感想を送ってくれた。これらの感想を分析してみると、少なくとも次の2点がわかった。ひとつは、児童は、映像に登場する人物の目線を通して、その国の文化や出来事に関心を向けるようになっていたことである。たとえば、手柄小学校の児童は、プラハ日本人学校の児童の視点から、プラハ校の学習劇を間接的に体験しつつ、どうすればよりよくできるかのフィードバックを考え、意見交換をしはじめたのである。プラハ日本人学校の学習劇を他人ごとではなく、本番への期待を持ったりするなど自分ごととして感じていたともいえる。三浦教諭はこれを「伴走する感覚」、つまり、学習プロセスを共に体験する感覚を生み出していたと捉える。その後も、動画の交換だけでなく、手柄小からは姫路をさまざまな観点から紹介するデジタルパンフレット(Googleスライド)が届くなど、両者の児童は、お互いの学習を知り、フィードバックをし、共に学び続ける関係を構築していった。さらに、プラハ校の児童の一人は、実際に一時帰国の際に姫路を訪れるなどの交流も生まれた。このことから、本実践を通してそれぞれの地域が児童にとって近しいものとなったといえる。

本研究では、NHKラーニング「世界はほしいモノにあふれている-5分でおとぎのチェコ」『ファンタジーの国を知る、見る、味わう』および教師と児童が自作した動画を活用した二国間の交流実践を行った。三浦教諭がこれらの2種類の映像を活用した意図は次の2点である。まず、NHKラーニングの動画の活用の意図は、チェコが演劇という表現方法を歴史的にも文化的にも重視してきたことを児童間で共有するためである。その結果、手柄小学校の児童は、演劇で扱われていたコンテンツ(物語・戯曲)だけではなく、演劇という表現方法にも関心を持つようになった。次に、教師および児童の自作動画を活用した理由は、それぞれが自分達の目線で相手の学校にその国や地域での生活を伝えることができると考えたからである。実際に、それぞれがどの部分に焦点を当て、それをどのように映像で表現しているかを手がかりにしてお互いの関心や経験を共有することを確認できた。

本研究は、SDGs 「質の高い教育をみんなに」4-7に例示されている「さまざまな文化があることなどを理解できる教育をすすめる」に寄与する教育実践である。児童が遠い世界の国や人に関心を持ち、関わりを持つようになるためには、NHKラーニングなどその国や地域が何を大切にしているのかについて一般的な情報を得たのち、具体的な直接体験をすることで、その文化や人々の歴史的、文化的背景を理解した上での学習交流が重要である。実際に、本実践では、児童らは相手がどのような表現方法を大事にしているのか、その国や地域の「らしさ」を大切にして学習交流を行っていたといえる。

4. 教科学習を横断してSDGsを経験する実践

本実践に取り組むのは、都内の公立小学校の佐久間 和教諭である。本実践は、佐久間教諭が担任をしている1年生のクラスで実施した。クラスの児童数は24名(うち外国人児童は1名)である。本実践は、SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」に関する活動である。

パートナーシップで目標を達成するためには、児童ひとり一人が自分の考えや感情を表現し、また、相手の考えを受け入れ、めざしたい/到達したいゴールを設定し、それにむけて協働できることが重要であると考えた。本学級では、「みんなとできて楽しかったです」「難しかったけどできてよかったです」「国語が好き!」「僕は、算数が楽しいな」など、自分の思いを表現することができるが、「楽しい」「嬉しい」「好き」「ドキドキした」「よかった」など、言語表現の幅に広がりがなく、また、その思いも教師に向けた言葉であり、児童同士の言葉が交差することはあまりない。また、どのように楽しいのか、特にどんなことが好きなのかをうまく話せない児童も多いいことから、本研究では、身体表現を取り入れることで、児童の豊かな考えや気持ちを引き出し、それを生かして、学級全体でひとつの物語(作品)を作ることにした。

本実践では、児童一人ひとりが自らの考えや感情を表現し、それらを互いに生かしながらクラスの歌をつくることを目的とした。このプロセスでは、(1)言葉と身体をつかって自分の考えや感情を自分なりに表現する段階、(2)相手に伝わるように表現する段階、(3)同じテーマでそれぞれの考えや感情を表現し、それを認め合う段階、(4)児童ひとり一人の多様性をつなげ一つの作品をつくる段階である。具体的には次のとおりである。

一つ目は、音楽に合わせて体を動かす活動をおこなった。音楽の速さに合わせて、歩く・走る・スキップする・止まるなど簡単な全身運動を行った。全員が活動に参加することができた。次に、動物や気持ちを動きで表す活動である。くまやうさぎ、あざらしなどの動物の動きを全身で表現した。どんな動きをすればいいか分からない児童も、友達を見ながらまねすることで楽しんで活動に取り組むことができた。「みんなで色々な動きができて楽しかった。」「うさぎになってぴょんぴょん跳ねるのが面白かった」「くもが難しかったけど、〇〇ちゃんが上手ですごかった」と振り返っていた。それから、各教科の特徴をリズムに合わせてオノマトペと体で表す活動をおこなった。この活動を行うにあたり、小学生になって、楽しい・頑張っていることを児童から集めた。例えば、「体育の運動会練習は暑いけど頑張ることが大切だと思った」「平仮名が上手に書けて嬉しい」「休み時間が好き」「難しいことがたくさんあるけど、それができると楽しい」といった言葉が出てきた。そこで、学校放送番組を視聴し、具体的なイメージや、やってみたいという動機付けを行った。その後、グループごとにオノマトペや言葉を考えたり、動きを付けたりした。

これらの活動において、NHK for Schoolの番組を活用した(詳細は、表3の写真1−3(佐久間実践)を参考)。映像を導入した意図としては、児童らにこれから自分たちのやること、やりたいことをイメージさせるためである。児童の多様な身体表現において映像コンテンツは次の点で意義があった。ひとつは、最初は歌にするって難しそう、どきどきすると児童はいっていたが、学校放送番組を視聴することを通して、やってみたい、私でもできそう、という気持ちにかわった児童が多かったことである。すぐに表現できる子もいれば、そうではない子もいる。自分なりの表現ができない子がいたら、みんなで言葉や動作を表現して、そこから選んで、その子なりの表現ができるようになっているシーンもあった。具体的には、「あさがお」という言葉はいえたけれど動作がきまらなかった子どもに対して、クラスのみんながポーズや言葉をいろいろ提案し、その子がそのヒントをもらいながら最終的に自分のいいたかったことはこれ!とひとつ選んだ。同じ言葉でも、自分にとってしっくりくるものと、こないものがあり、たくさんのアイデアをみんなで出し合う中でその子にぴったりあった表現をみつけていた。

この活動を通して、児童一人ひとりが自らの考えや感情を表現し、それらを互いに生かしながらクラスの歌を作ることができた。児童らは映像を通して、少し先の未来に自分が何をするのか、何をしたいのかを想像することができたため、経験したことがない、やりかたがわからないことに対しても、一緒に取り組むための方法を自分たちで考え、試し、工夫し、実践していった。まさに、SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」を経験できたといえる。

5. 当事者としてSDGsに取り組む実践

本実践に取り組むのは、大阪府立の支援学校の植田 詩織教諭である。本実践では、肢体不自由のある生徒達の自己表現を高めることを目的とし、高校1年生3名の情報科クラスで実践をおこなった。本実践は、SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」に関係する活動である。

特別支援教育では、障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取り組みを支援するという視点にたち、児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、彼らが持つ力を高め、生活や学習上の困難を改善または克服するため、適切な指導および、必要な支援を行う。公教育卒業後も、自立して社会へ参加できるように、自己の持つ能力を最大限に伸ばしていけるような取り組みが必要とされており、そのひとつとしてコミュニケーション能力の育成がある。特別な教育的ニーズのある児童生徒にとって、社会参加のためのコミュニケーション能力の向上は喫緊の課題である。特に、自分の考えや必要なことを他者に伝える自己表現が重視されている。他者理解や状況の把握、言語・非言語による理解の発達に遅れがあることから、コミュニケーションに問題を抱えてしまうこともある。そのため、周囲の人に自分たちのことを理解してもらうために、自分の症状や特徴に合わせた方法で伝えていけるようになることが必要である。そのため、他者との関わりにおける自己表現の機会を保障する活動を取り入れる。

自己表現の力を育てるためには、他者とのコミュニケーションの機会が必須であるが、特別な教育的ニーズのある児童生徒の生活範囲は、学校、病院、家庭など限定された環境であることから、多様な他者とのコミュニケーションの機会を十分に持つことができない。また、自分のことを他者に伝える方法について学ぶ機会も少ない。なぜなら、医療関係者、教育関係者、家族は、彼らの症状や特徴に詳しく、彼らの状態や様子から彼らが必要とすることを察し、働きかけることが多いからである。特別な教育的ニーズのある児童生徒が、自分たちのことをよく知らない他者に自分のことを伝えることができれば、周囲の理解を広げ、より広い範囲で他者と関っていけるようになることが期待できる。

そこで、本研究では、特別な教育的ニーズのある生徒が自分の症状や特徴を他者に伝えることができるようになることをめざし、NHK for Schoolの放送番組を活用した自己表現育成のための授業実践を行った。

NHK for Schoolには、特別な教育的ニーズのある児童生徒が自分たちのことに問いを持ち、表現する番組がある。本研究では、発達障害に関するいくつかの映像コンテンツの視聴を通し、生徒らが自分達の症状や特徴を他者に伝えるための工夫を学び、実際にそれを生かして自己表現ができるようになることをめざした。

本実践研究に参加したのは、高校1年生の3名で、車椅子に乗ったり、歩行器を活用して移動したりして日常を送っている。生活動作や学習場面で少し困難なこともあるが、言葉を通したコミュニケーションが取れる。

本実践では、まず、「u&i」の「見えないってどういうこと?」という映像を視聴した。しかし、生徒らは10分の映像を集中して見ることができなかった。彼らにとって10分の映像は情報が多すぎ、理解することができなかったのである。そこで、視聴する映像を2・3分のクリップ映像にかえた。情報量を抑えることで、生徒は映像をしっかりみることができるようになった。ある程度、映像を見ることに慣れてきた段階で、「u&i」の「ふつうってなんだろう?」の3つのクリップ動画を視聴させた。生徒の理解の状況に合わせて問いかけをしたり、映像のイメージや言葉をひろいながら会話形式で視聴させたりした。次第に、映像の登場人物の経験が、自分と共通していることに気づき、自分も同じことがある、と自分と比べて映像視聴するようになっていった。「自分にも(映像の主人公と同じような困りごとが)そういうことあるわ〜」と気づくと、自分のことを語るようになり、徐々に、3人とも自分の日常での困りごとなどを話すようになった。

学期が終わるころには、生徒は自分の症状や状況を他者に語るだけではなく、困った時にどのように助けを求めればいいかについても考えるようになった。そのきっかけとなったのは、「u&i」の「声をかければ良かった」という番組である。対象生徒と同じように車椅子に乗っている人が主人公の番組である。「どんなふうに自分なら声をかけられたいか?」という点を、生徒らは当事者として真剣に考えた。「声をかけられたくない」と言った生徒に対して、なぜそう思うのか?「私ならこう思う」とそれぞれの意見や気持ちを表現しながら、同じような状況や症状でも、感じ方や考え方が違うことにも気づいていった。

今回の実践を通して分かったことは、本学の生徒にとって、視聴した映像は理解が難しかったということである。しかしながら、映像のイメージや言葉を拾いながら会話をしながら彼らの日常生活とつないでいくことで、彼らは彼ら自身の状態や状況を客観的に理解し、説明できるようになっていった。番組をきっかけとして、当事者でもある生徒自身が自分のことを自分の「声」で伝えることができる実践となった。

本研究では、倫理的への配慮および読者にとって想像しにくい特別支援学校の文脈をできるだけリアルに表現するために、「創造的フィクションベース手法」を用いて研究成果を発表した。創造的ノンフィクションは、研究論文をよりも真実の物語を読者に魅力的にうまく伝えることができる手法として1960年代から1970年代にかけて着目された手法である。植田教諭による本研究の成果は小説という形で配信し、本報告書に添付している。

6. 映像をきっかけとしてSDGsに取り組む実践

本実践に取り組むのは、東京都渋谷区新宮前小学校の菅井太一教諭である。本実践は、6年生の総合的な学習の時間においてSDGsを手がかりにグローバルな問題を自分ごととして考え、行動を計画できることを目的とした授業実践である。

1年間の流れは次のとおりである。まず、世界に目を向ける大切さを知ってもらうために、幸福の王子の物語を児童に読んでもらい、王子と自分と重ね合わせることで、世界の課題に目を向けるように促した。次に、同じ興味関心を持ち、問題意識を共有できる児童3、4人がグループをつくり、貧困、教育、平和などのSDGsの課題をインターネットや書籍を通して調べ学習を行った。その後、調べ学習の内容をもとにまとめ動画を制作し、授業研究に来校した外部の人やクラスの友達に見せてフィードバックをもらった。児童らは調べ学習を通して、世界のさまざまな課題や現状に目を向けるようになったが、調べ学習ではインターネットの情報をただまとめただけでおわったという課題があった。そこで、本実践研究では多文化共生をテーマとして、インターネットや書籍などのメディアで「描かれていないこと」に目を向けること、言い換えれば、批判的に情報を捉えることができることを目的とした。

動画作成を行った次のステップとしては、次の通りである。導入部分では、NHK for Schoolの『ドスルコスル』「どうする?外国の人たちとの共生」を視聴し、クラス全体で多文化共生についての共通理解を持った。教師は、その中のシリア難民がヨーロッパに避難するシーンを静止画で取り上げ、児童に、難民たちが軽装で移動しているところに着目させ、危険な長旅に関わらずなぜ荷物がこれほど少ないのか?という問いを児童に投げかけた。展開部分では、シリアについて詳しいゲスト講師(筆者含む)が内戦前後に関するシリアのプレゼンを行い、児童らに「危険な長旅に出る人たちがどんな気持ちで国を出たのか、送り出す家族は、危険な旅に出る家族に何を持たせたのか」と問いかけた。教師は12枚のカードを児童に配布した。そのうち6枚は避難民が共通して持っていくモノ(スマフォ、お金など)、残りの6枚は家族によって違うモノ(写真、ブランケットなど)である。次に、児童は、あるシリア人家族の「別れの時」のシナリオを登場人物である父、母、兄、私(妹)になりきって、そのシーンをイメージしながら読み合わせをした。このシナリオは筆者が実際にシリア難民から聞き取りを行い作成したものである。児童らは一人ひとり後者の6枚のカードから2枚を選びその理由を共有した。最終的にはグループで2つを選ぶこととし、なぜそれが必要かについて理由を考える上で、危険で長い旅がどういうものかを想像し、難民の思いをグループごとに寸劇で演じてもらった。まとめの部分では、実際に演じてみてどうだったのか、児童に投げかけその思いを語ってもらった。また授業終了後にワークシートを使って振り返りを行った。

本実践を通して、児童が多文化共生を批判的に捉えていたこととして少なくとも次の3点が明らかになった。ひとつは「他者になってみる」プロセスを通して児童は映像コンテンツを手がかりとして当事者の感情を感じることができたことである。次に、映像にある「モノ」に着目することで、その「モノ」の意味や必要性を探究し、社会的文化的背景の理解を広げることができたことである。ただし、「なぜ、長く危険な旅にもかかわらずカバンひとつなのか」「なぜ、あんなに軽装なのか」「古く壊れそうな船で海を渡るのに命を守るために何が必要なのか」など問いかけや問いづくりが重要であった。最後に、演劇手法を用いた「もしも」の舞台を作りと身体性を伴う活動を通して、児童はその情景や当事者の気持ちや葛藤を想像することができた。このように他者になってみることで、自分に他者を住まわせ、その情景や当事者の気持ちを想像することができたが、そのプロセスにおいて、次々立ち現れる児童の問いーたとえば、「スマフォが大事だと思うけれど充電はどうしていたのか」などーに対してどう答えていくかについては今後検討が必要である。


参考:NHK for Schoolの番組を活用した多文化共生ワークショップの実施【岸ゼミ】
https://www.meiji.ac.jp/nippon/info/mkmht0000002orns.html

7. 身近な出来事からSDGsに取り組む実践

本実践に取り組むのは、港区立南山小学校の田端芳恵教諭である。実践校では、日本人児童とともに外国人児童が在籍している学級を“国際学級(English Support Course)”と呼び、外国人講師が同時通訳を行うなど、言語の違いによる学習の障壁を取り除き、日本語が母語でない児童でも安心して学習に取り組める環境を用意している。

国際学級である5年2組の児童たちは、SDGsへの日常的な取り組みを通して、仲間意識も高まり協力して課題に取り組む姿が見られるが、一方で、外国籍の児童と日本人児童とのコミュニケーションが十分に取れないという課題も少なからず見られた。

そこで、学級の課題を解決し、日本人児童たちと外国籍児童たちが互いの良さを認め合い楽しく生活できる学級を目指して、主として道徳や学級活動の時間にNHK for Schoolの番組「カラフル!」の視聴と“ことばを紡ぐ”活動を取り入れた学びをすすめることとした。多様な背景をもった児童が、番組視聴をきっかけに「自分の思いをことばに乗せて表出する活動」を通じて、互いのよさを認め、積極的に関わり合うことができるようになることをねらいとした。

本実践で田端教諭は、NHK for Schoolの番組である「カラフル!」から『山の学校でみつけた友だち』と『街から女の子が来た』の2本を活用した。この2本の番組は、前者が山村留学にきた子どもの視点で描かれ、後者は彼女を迎えた地元の子どもの視点で描かれたものである。対になったこの番組は、それぞれの立場から友達とのかかわり方やそこから生まれる想いをより深く考える良いきっかけとなった。なお、「カラフル!」を活用した学習を進めるときの流れは以下の通りである。

①タイトルを示し番組を視聴する。②視聴後は、番組に対する感想を各自タブレットに記入する(写真1)。③「AIテキストマイニング」を使い、子どもの感想に多くでてきた言葉を共有し、表出したワードを確認する(写真2)。④タブレットの「共有閲覧機能」で記述したものを読み合う。⑤個々の想いや感想に対して意見交流を行う。⑥番組の視聴、友達との意見交流から、自分なりに考えたことや自分の生活に生かしたいことをまとめ伝え合う。

さらに、児童が自分なりの感性で視聴できるよう視聴前には“視聴の視点”は与えず、番組のタイトルを示すのみに留めている。また、集中して視聴し、映像からイメージや思いを広げてほしいので、視聴中にメモはとらせないようにしている。教師は児童の自然なつぶやきに耳を傾けながら児童といっしょに番組を視聴し、教師自身も感想を発表するなど、番組視聴を通じて児童と共感し合う空間・時間づくりを大切にした。

視聴後は、タブレット端末で感想や印象に残ったことをアプリ上に書き込み、クラスで共有、他者の書き込みにコメントし合うことで交流を行った。これらの活動を通して、児童は番組の登場人物の心の動きを想像し、互いに思いを伝え合うことができるようになった。

感想をテキストマイニングで分析したところ、児童は登場人物の気持ちに注目し、自分と重ね合わせて視聴する傾向のあることが示唆された。また、2本目の番組を視聴した後の感想は1本目の感想よりも自分の気持ちや人と関わることに関することばが増えており、番組の登場人物の心の動きへの共感がより深まったことが感じられた。

児童にとって、自分を素直に表現することや思っていることをすぐ行動に移すことは難しい。しかし、番組を視聴しその共通体験をベースに“ことばを紡ぐ”ことで、自分の思いを表出して同じ体験をもつ他者に伝えたり、他者の思いを知って自ら考えたりすることができる。このように、番組を視聴し“ことばを紡ぐ”活動の場を継続的に設定して行くことにより、互いの良さを認め合い楽しく生活できる学級づくりに繋がってきていると考える。