* You are viewing the archive for 5月, 2014

5/31 シリア難民の声を届ける映像制作プロジェクト

夕方から、佐藤ゆきちゃん、さおりさんに映像編集についてレクチャーした。これからシリア難民の声を届ける映像制作をしていく。去年であった人たちとこうやって一緒に何かするって、改めて思うとすごいことだなぁ、と思う。同じ思いをもった人はつながりやすく、連携しやすい。こういった関係性をつくれるようになったのはいつからだったろうか。それができるような社会的基盤ができたのは、自分自身のコンプテンシーの発達なのか。

5/31 HRIC 4時間の映像編集を共に。

今日は、HRICのARに参加した立教大学ののぞみが明治大学で映像編集。10時半から2時半まで休憩なしでぶっつづけで映像編集。ほんと編集は時間がかかるけれど、編集をしている間はフロー状態で、すごく集中するのだね。とても良い作品ができました。いずれ公開します^^

5/30 NGO法人 JIM-NETとの打ち合わせ

今日は、JIM-NETの佐藤さんと6月21日のイベントについて打ち合わせをした。ワークショップのデザインをどうするか、という内容である。

5/29 ARの映像編集の指導

HRICで取り組んでいるアクティブリサーチの事後学習は実はまだ続いています。今日は、立教大学のKさんに映像編集の指導をテレビ会議を通してすることになった。先日の日記では、テレビ会議を通した議論や指導が最近増えて、問題なくできているといったけれど、今回は全然うまくいかなかった。操作などの指示はやっぱり難しいな。結局週末明治にきてもらって指導することになった。

5/28 SENSEI NOTEから学ぶ(ミラツクの会)

今日は、SENSEI NOTEを開発した浅谷さんのお話を聞きながら、ICTを活用した現場の先生の支援環境をどのようにつくっていくかについて、文部科学省、経済産業省、企業、大学などいろんな人たちと意見交換をした。

国際交流学生委員会との取り組み

最近、国際交流学生委員会といろいろ一緒に活動するようになった。ほんと優秀な学生たちで、私はとても楽しんでやっている。学生たちの学びの様子を近くで見れるってほんと楽しい。学生たちのこうした主体的な学びを支えているものはなんだろう?ということをいつも考えながら彼らと関わっている。

箕浦先生文献ゼミーPRASADOを読む

今日は、箕浦先生との文献ゼミ。今日は10名を超える人が集まり大盛況。今日は、ドラマツルギーについて議論した。

企業の人たちと未来を考えるWS

写真
私は、何故「このように」考えているだろう?
私は、何故「このように」語るのだろう?
私は、何故「このように」行為するんだろう?

こんな風に普段から考えている人はいないでしょう。
何か考えたり、話したり、行為したりするとき、何故?何故?なんていう前提を問い直すことはほとんどない。
けれど、こういう自分の思考、言葉、行為を時に問い直すことは大切だと思う。

先日、TOYOTAと電通、そしてソーシャルビジネス関係のメンバーで未来を考えるワークショップに参加した。
分野が違う人たちと意見交換するのはとても面白い。
人の考えは千差万別なので、「多様な見方」があるのは当たり前なんだけど、その「見方」をつくるその人の世界観が面白い。
そして、自分の世界観に気づくきっかけとなる。

このワークショップの目的は、、、たぶん、未来をイメージすることなのだと思う。

「自分たちが取り組んでいる課題が解決されたらどんな未来になるんだろうか?」

そういう問いをワークショップの最初に与えられて、改めて自分が何をめざして考え、語り、行為しているのかを振り返った。

私が取り組んでいる課題が解決されればどんな未来があるんだろうか?

そんなイメージがすぐにできるわけじゃない。
そこで、ワークショップでは、いくつかのアクティビティが準備された。

まず、最初は、「ストーリーインタビュー」
3人が1組になってインタビューを行った。AさんがBさんにインタビューし、Cさんはその中から「Aさんがどんな変化をたどったのか、どんな価値観の変化があったのか、どういう価値観を持っていきているのか」に関するキーワードをメモ(ハーベスト)する。これを順番を変えて、3人が全ての役を担う。

これは、研究手法のひとつライフストーリーインタビューに似ている。ライフストーリーインタビューでは、語ることを通して,自分の経験してきたばらばらになったも のを結びつけて一貫性をもたらし、混沌としたものを整理したり、道筋をつけたり,経験 の秩序づけることができる。バラバラになったものをつなぐものはその人の価値観であることから、語りを通してその人の価値観を視る事ができる。ただ、話し手と聞き手は、話しの展開に焦点化するので、第三者(この場合Cさん)がメタ的に分析してその人の価値を見つけていく。

とても面白い取り組みだけれど、これは結構高度な方法。全体の話しの軸をみつけないとその人の価値世界はみえてこない。
質的研究者はこれをデータ起こしして、分析して、話し手の意味世界をさぐっていくんだけど、話しを聞いてメモをするだけでは
なかなかそれは見えてこないんじゃないかな。
結局、メモをする人は、自分の世界観に基づいて気になった話題をトピックとしてあげてしまう(ハーベストしてしまう)だけになりそう。

次は、「フィッシュボウルダイアログ」
このアクティビティでは、先見的な考え方を持ったゲスト数名による「手にしたい未来」をテーマにダイアログを行う。他の人は、その周りを囲むようにして、ダイアログを聞きながら、気になったトピックをあげていくというもの。

このフィッシュボウルダウアログは、テーマが自分の専門とはだいぶ違ったり、経験値が大きく違う場合に有用な方法だと思いました。ミラツクギャザリングの場合、ソーシャルビジネスという共通の関心があるので、誰と同じテーブルになっても共通点が見いだしやすくダイアログしやすいのですが、ダイアログで中心となるテーマが自分の専門や関心がだいぶ違ってくると、ダイアログに参加しにくかったり、意見を出したとしても有機的に結びつかず、周辺的な参加になってしまうことがあるのかな、と(経験談)。たとえば、難民支援をしているNGO.NPOの人たちと普通の(※)学生たちがダイアログをするとなった場合、NGO/NPOの人たちは自分の世界観を深くまで語ることができないと思います。逆に、活動内容や方法が違っても同じ関心や問題意識を持っているNGO.NPOの人たち間でのダイアログの場合、それぞれの世界観を相互作用を通して深めていくことができるのかな。今回は、社会問題に取り組んでいるゲスト同士がダイアログすることで、ゲストの世界観を深く掘り下げ、そこから、WSのテーマとなるキーワードを周辺的に参加している人たちが見つけていくということでしょうか。

ただ、周辺的参加者の役割として、トピックを出来る限り出していきましたが、拡散的に出されたトピックが、WSのテーマ「自分たちが取り組んでいる課題が解決されたらどんな未来になるんだろうか?」とどうつながるのかが見えにくかったです。ポストイットを使ってアイデアをできるだけ出す(質より量を出す)ことは、よくWSでも実践されるけれど、それをどう新しい知につなげていくのかは、課題なのかな、と。(それは参加者のmatterといえばそうなんですけど(笑))。

もし、これがWSのテーマである「自分たちが取り組んでいる課題が解決されたらどんな未来になるんだろうか?」を参加者が考えるヒントとなる(足場となる)ようにデザインされているアクティビティであれば、それはそれで面白いかも!その場合、その後に一度WSのテーマに戻るような内省の場を持つとよいかも。

3つめのアクティビティは、「issue based dialog」
・テーマ別で現場の課題を持ったトピックリーダーにトピックをあげてもらう
・トピックの背景を聞く
・トピックに対するアイデアを出す
・ダイアログの中に出て来たトピックを数点取り上げる

このアクティビティも先の2つに続くものではなく、新たなアクティビティとして始まりました。
COBONが直面している課題を出してもらい、何故その問題が起こるのか、その解決のために何に取り組んでいるのか、この取り組みを通してどういう未来を創りたいのか、ということをダイアログしました。

最後は、トピックのMAPPING
・各パートで取り上げられたトピックを分類、構造化していく

この段階になると、めざしたい社会のイメージが「ダイバーシティ」というキーワードをもとにまとまってきました。
そこで、マッピングする際には、解決したい課題を「多様性が受け入れられにくい社会」、解決された状態を「共創できる社会」と定義して、現在、この課題解決のために、どのような部分に焦点をあてて問題解決の取り組みがされているかということでまとめました。

私が取り組んでいる問題は、大きく言えば「幸せな社会づくり」。
幸せの定義は人によって違うから、それぞれが「幸せ」だと思えることを、
自分たちで創り出せるようになってほしい。
そのためには、教育って大切だし、経験って大切だし、問題解決能力って大切だし、
技術って大切だし、あれもこれも大切だから、大切だと思うことはすべて
学べるような学習環境をつくってあげたい。

 

パナソニック教育財団助成金贈呈式へ出席

今年度から公益財団パナソニッック教育財団の専門員に就任することになりました。去年、川崎市平小学校の授業研究でご一緒させてもらったことがご縁。とても名誉あることだと思う。ICTを活用して授業を発展させたいという意欲のある学校や先生を企業と連携して応援していく。そういったことをおもいっきりできるのは本当に嬉しい。私も日々学び、出来る限り現場の先生を応援していきたい。

5/23 クラウドを通したネットワークの広がり

先日、「〜東北からシリアへ〜シリア難民支援プロジェクト「こごさいるでば」」のクラウドファンディングを成功させたまいちゃんと会った。ちょうど私が関わっている気仙沼の仮設住宅でも、衣服などの支援物資が残っているので、これを難民の人たちに使ってほしいという話題がでたからだ。実際に、まいちゃんたちがどのように陸前高田の物資をトルコのシリア難民に届けたのか、詳しい話を聞いた。

https://www.makuake.com/project/kogosairudeba/

ICTEに参加〜高大接続を考える〜

先週末、情報コミュニケーション教育研究会(ICTE)に参加してきた。
http://www.icte.net/seminar/detail/187.php

この研究会の対象は主に高校の教科情報を担当されている先生なのだけれど、大学で情報関連科目を担当している身としては、
・高校でどういった取り組みがされているかを把握すること
・どのように高校ー大学の接続を考えて授業を展開するかということ
を考えたくて参加した。

いやぁ。楽しかった!
こういう研究会で発表させる先生も参加される先生も、独創的で最先端の実践をされている方が多いのでとても刺激になった。

特に興味深かったのは、「情報」に対する高校と大学の意味付けの違い。
高校生にとっては、教科情報はめんどくさい科目だったりする。
受験で必要なわけでもないので、なんで情報をやらなきゃいけないんだ、意味付けができない生徒が少なくない。そのため、高校の教科情報で課題となっているのは「生徒の主体性」。

大学に行くと情報を学ぶことは不可欠になる。情報というと、ネットワークや情報処理、機器活用のイメージがあるかもしれないけれど、それだけじゃない。情報学とは、問題解決の学ともいえる。大量の情報の中から自分の問題解決(探求)のために必要な正確な情報を選び、それを利用可能な形に加工して、実際使っていく。機器の操作が分かれば、できることが格段に広がる(これを分散知能という)。つまり、情報機器を介して、考えれること、できることをいくらでも広げることができる。

高校まではどちらかというと受動的な学び(与えられた知識を暗記する)が多いけれど、大学にいくと能動的な学び(自分から課題を見つけて問題解決する)が不可欠になる。そのため、大学では、問題解決の道具や方法として情報の必要性(意味)を感じることができる。

情報に力をいれているある高校の先生が、
「私達の高校を卒業した生徒が、大学に進学してから、他の学生よりもより早く、より多くのことを学び、挑戦できていると卒業後に報告にきてくれた」
と言ってた。

高校の時に、学び方、問題解決の仕方としての情報をしっかり学んできた生徒たちは、それが活かせる大学でその力を発揮できたのだろう。高校では、受験のための知識習得が多いので、生徒らは情報を学んでもそれを活用できる場を多く持たないので重要性を実感できないのかもしれない。高校の「情報」を取り巻く学習環境は、今後の課題のひとつだと思った。

写真は、ICTEのアクティビティで先生方と「来年の取り組みへのこだわり」をテーマに議論したこと。同じグループに、大学院時代の仲間(現 川崎高等学校教諭)もいて、久々に議論できて楽しかった!
10398044_761584147215925_4776141944627188209_n 

テレビ会議の日

最近は、テレビ会議での研究打ち合わせなどが多くなった。それだけ精神的な負担なくネットで打ち合わせができるようになったのと、みんながネットをつかった打ち合わせになれてきたので、どのようにすればうまく議論できるかノウハウを活かせるようになったからだろう。私自身、昔よりも今のほうがもっと上手にネット上での議論ができるようになった。ネットリテラシーはこれから大事になってくるだろうな。

教育方法技術論 第8回目授業終了

今、大阪から東京への移動中〜。関西大学で兼任している「教育方法技術論」の第8回目の講義が終了した。ほんとあっという間!この授業を担当するのは今年で5年目だけれど、毎年内容を変えて、必ずひとつは新しいことに挑戦している。
今年は、板書。最初の頃は、PPTスライドを使って説明することが多かったけれど、授業の6割〜7割を板書と資料で進めることにした。受講者の意見をなるべく白板に書いて、そこから授業内容に関連づけて、授業を展開する。

どんな展開になってもすぐに資料がだせるように、ある程度展開を予測して配布資料を用意したり、提示する資料を手元に用意したりする。これは、事前に用意した指導案と講義ノートをもとに進めるよりもずっと準備が多くなるけれど、「何が起こるかわからない展開」が楽しい。どんな疑問が学生から出てきても、応えられるようにするという私自身へのプレシャー(意欲)になるし、学生らと一緒にでてきた問いを考えるのは楽しいね。

絵や図表をもっと的確に分かりやすく描けるようにしたいなぁ。こうやって自分への課題が見つかると、授業改善の糸口が見えてくるので、それも楽しいね。学ぶことは本当に楽しい。

本の執筆会議

今日は、現在執筆中の本の会議があった。

UNRWA EDCでの活動(思い出)

ふぅ〜。今日もとっても忙しかったけれど、良い日でした。仕事が終わってから、1時間遅刻で親友宅へ食事に。家に帰ったのが12時過ぎ。それから、依頼されていたウェブに掲載する自分のプロフィール用の写真を探すために過去の写真をサーチ。スナップ写真ではなくて、動きのある写真が必要ということでなかなか見つからない。しかも、オフィシャルのウェブに掲載される写真なので、スーツなど正装しているもの、、、。
ない。ない。ないねぇ。

どんどん過去にさかのぼり・・・・。
懐かしい、いろんな写真が出てきました。

ああ、ほんと懐かしい。

と写真を見ていたらもう1時間以上経ってる(現在夜中3時前)。
明日は朝一に大阪出張なので、ここまで。

結局、国際学会で共同研究者が撮影してくれた写真と海外で教員研修等している時の写真を選んだ。さすがにミャンマーで民族衣装(現地では正装です)を着て、研修やってるのはだめだよね〜。これは結構あったんだけど。

懐かしい写真をアップ。UNRWAのみんな、見えるかな〜。

10351810_758631317511208_5262145730843295942_n

シリア支援の環のひろがり

先日(5月9日)に報道ステーションで、ジャーナリスト後藤健二氏によるシリアのニュースが報道されていました。来月3日に大統領選があり、アサド大統領の再選が確実とされている中、シリア国内では反体制派が巻き返しを図り状況が増々悪化する可能性があるとのこと・・。先が見えない不安。終わりが見えない内戦。このニュースを、周辺国に逃げたシリア難民の人たちはどう見えているんだろうか。長引く内戦の中、私を含め「なんとかしなきゃ」といって動きだしていた人たちがつながって、今、シリア難民支援として活動をしています。

そのひとつとして、難民の日に合わせ、6月21日(土曜日)にシリア問題そしてシリア難民について考えるイベントを実施します。詳細は、月末にはアップしますが、シリア問題について少しでも関心を持っていらっしゃる方は、是非是非6月21日(土曜日)午後1時〜5時の間、お時間つくって明治大学中野キャンパスにいらしてください!
(詳細は、後日アップしますので、時間あけててください^^)

このイベントはシリアの問題に対して「なんとかしなきゃ」と思い、動いている人たち&団体と一緒に創っています。複雑なこのシリア問題への捉え方、関わり方は多様です。その多様さを知ってもらう中で、問題について多角的な観点から捉え、様々な解決アプローチについて知ってもらえるきっかけとなると思います。

写真は、一緒に活動している仲間たち(一部)

1610005_756330301074643_6469156492830086413_n

町づくり教育論

1002684_869889176360351_5236819801740935396_n

新しいことを楽しむ

GW最後の日。今日は、相方さんと家に飾る一輪挿しのお花を求めて町を散歩。どんな花にしようか、と相談しながら町の花屋を探索した。途中、親友宅(千穂&洋大)を訪問したら、北海道からの素敵なお土産をいただきました。
それがあまりにも「面白い」ものだったので、帰りは、花屋に立ち止まることなく、家に直行し、去年買った家庭栽培用のプランタンを出して「それ」を植えました。

さて〜。これ(写真)何でしょう^^

2、3日たったら食べご頃らしいです。楽しみだなぁ。

それ以外にもたくさんの行者にんにくいただきました。
「それ」も行者にんにくも北海道の山で採ったもの。
洋大さん、山でおいしそうに見えた葉っぱを適当に生で食べて幻覚が見えたり、幻聴が聞こえたりしたあと倒れたそうです。
そんな危険を犯して手に入れた山菜。大切にいただきます。

10177437_753495151358158_5510122499106385676_n

落ちこぼれないための心理学を考える

先日、午後9時半から11時までN体育館で、相方さんと千穂と3人で卓球を楽しんできました。いやぁ〜、ほんと楽しかった。けど、自分の運動音痴さには、びびる。最初は、意外と自分でも上手じゃない!?と調子にのって楽しくやってきたけれど、途中「フォームがなってない!」と相方さんの指導が入った。
私の実際のプレイをiPhoneで撮影して見せながら、何が悪いのかを説明してくれた。確かに「おかしい」。

が、おかしいと分かっても、すぐに変えられるわけじゃない。
逆にフォームを意識しだすと全然、玉にあたらなくて、ストレスがたまる。
すると、おもしろくなくなってくる。
他の人のプレイを観察してイメージを持った後、まねしてみるけれど出来ない。

出来るようになった人と出来るようにならない人の違いってなんだろう?
それって、ここでやめるか、続けるか、なのかなぁ、とぼんやり考えはじめると、思考モードにスイッチ。

落ちこぼれの心理学とかいう研究あるのかなぁ。

出来ない事を出来るようにする支援や環境については多くの研究があるし、それについては教育工学の研究範囲なのでいろいろ知っている。けれど、自ら「出来ない」を「出来る」に変えるには、周りの環境を自らの力で「支援されるように」つくらなきゃいけない。それはどういうコンピテンシー(能力)になるんだろうか。

学校教育では、学習者が「出来るようになる」ように教師が支援をする。しかし、社会にでると、出来ない事をできるようにするための関係や足場をつくっていかなくちゃいけない。「教えるー教えられる」が明確な学校教育では、学習者はそれを経験することができないんじゃないだろうか。

そういう視点を持って、「協働」を経験してもらう場を大学の授業の中でも実現していきたいと思う。

話しは大きく脱線したけれど、卓球の方は、相方さんのスパルタ指導のおかげで、無事なんとかフォームもそこそこにできるようになり、、、。きっと次はもっと上手にできるという希望が持てたのできっと続けれるでしょう!

10330490_751442828230057_5372117274743866407_n