* You are viewing the archive for 3月, 2012

3/10 帰国

帰国しました。一日ゆっくりして、月曜日から諸々の仕事を始めます。

3/8 大学とNGOの協働についての可能性

今日は、PUCの学生と一緒にトレンサップ湖を回った。私のは、NGOとの連携をテアロンさんと検討する上で、大学生の「態度」について観察するため、同行した。
トランサップ湖には、かなりの数の人が住んでいる。その様子はテレビでも報道され、観光地化が進んでいる。高床式の木造の家が立ち並ぶ。人々はトレンサップで漁業を営み、湖の上で暮らしている。
観光地化に伴い、モーターボートがものすごい音をたてて、人々の生活をみながら湖にでる。会話もできないくらいの騒音。静かな生活をしていた人たちは、この音に悩まされないか心配してしまう。それに、カメラをかかえた観光客がボートにのりながら写真をとてすぎていく。子供たちから大人まで漁業を営んでいるわけだが、裸の人もたくさんいる。どんな気持ちで写真をとられるのだろう。生活をのぞかれてどんな気持ちなんだろう。
いろいろ考えさせられるところだが、PUCの学生は全くきにせず、写真をとる。時には大きな声でわいわい騒ぎ、ゲームをして遊び始める。静かな漁業の村の人に、若い学生が大声で笑い、写真をとりながらすぎていく。
NGOの人たちが大学生と連携したくないというのはこういう態度にあるのはとてもよくわかる。インドでも、ガヤ大学の学生の村での態度はひどいものだった。子どもがゴミ箱にごみをすてているのに、そのまえで道にごみをすてたり、子どもにむかって、しっしっといって追い払ったりしていた。
旅行気分なのはわかるけれど、ここはリゾートでもテーマパークでもない。人々の生活の生活がある。カンボジアの人はやさしく、思いやりがあるのに、なぜ大学生が集まるとこうなるのか。
カンボジア(インドでもバングラデシュでも)、大学に進学できるのは、一部の経済的余裕があって、親が教育に理解がある(両親が高い教育をうけている)人たちである。彼らの中には、海外からの支援をうけたり、ゴッドファーザーがいたりする農村地域の生徒もいる。いずれにせよ、恵まれた環境にいる学生たちだ。彼らは、「カンボジアの農村地域は貧しい」というが、本当の農村地域のまずしさについては知らない。しかし、彼らは「しっているつもりつもり」になって、現場から学ぼうとしない。現場に対しての謙虚さがない。
テアロンさんが大学と連携することを躊躇するのはこの点にある。そして私はそれがよくわかる。私も、インドで日本の学生が農村地域でボランティア活動をするのであれば、現場の大学生と連携するのは、難しいと思った。だから彼の気持ちはよくわかる。
今後、大学と連携してNGOと協働するのであれば、PUCの学生の態度をどのように改めていくのか、というところが重要になってくるだろう。それができるのは、おそらく日本の学生だけである。現地NGOが大学生や大学生の教員に注意をしてもおそらく態度は変わらない。それどころか、お互いの関係が悪化するかもしれない。でも、外国人である日本人がやんわり注意することで聞き入れられることはある。もし、PUCの学生が村での問題を本当に理解し、適切に振る舞い、NGOと連携できるのであれば、日本人が短期間NGOを支援するよりずっとサステイナブルな取り組みになるだろう。

高校生から大学の授業を受講

現在、学生たちを待っている。
3時20分からディスカッションの予定であったが、40分になっても帰ってこない。連絡が取れないので、あきらめて、PCUの学生の様子をみながら待つことにした。

PCUには、学生だけではなく、高校生くらいの若い生徒もよくいる。どうやら、優秀な生徒を引き込むため、高校生のころから大学の授業に受講できるようにしているそうだ。それが日本でできたらなんてすばらしいんだろうか!高校生の時に大学の授業をを受講することで、大学で何をするかの具体的なイメージを持つことができるし、自分が何を学びたいか考えるきっかけにもなる。それに高校生が授業をみにくることで大学教員へのプレッシャーもなる。FDの取り組みにもなるのではないかと思った。

昨日みせてもらったふたつの授業も、授業内容、方法のどちらもとてもよかったし、とても参考になった。こんな大学だったら学ぶことがどれだけ楽しいんだろうとも考えた。海外の授業をみるってのはいいね。特にいい大学の授業をみると参考になる。

7日 民家を歩く

20120307-124729.jpgホテルを変えた。リゾーチ地の中心にあるようなホテルは私は馴染めない。もっと現地の人と生活が近くにあるほうがいい。Angkor star hotelを出て、町ハズレのホテルにいった。近くにふたつの孤児院がある。

昔この辺りを女性たちが手作りで道路を作っていた。10年たてばこんな風になるんだ、、、。

ここは町外れなんで、中心部のような活気がなく静かだ。それがいい。民家もあるので人の生活が少しは見える。バケツに水を溜めてプールにして遊ぶ子ども、ペットボトルなどをつかって遊び道具を作るお父さん、自転車にのって学校から帰る子ども。

民家を1時間ほど歩いても、変わったな、という印象を持った。外で遊ぶ子どもをみない。学校にいる時間だからと思うので、みんなが学校にいけるようになったというのはいいこと。でも、就学前の子どももひとりもみない。道路ができて車が通るようになり、子どもを自由に遊ばせれなくなったんだろうか。10年前は目が合えば、「水を飲むかい?家によっていけよ、」と言われたけど、そんな感じでは全くない。観光地化することで、民家の人の考えや価値観に変化があるのかもしれない。中心街にたむろい一日何十ドルも使う観光客をみてたら、声がかけずらいかもしれない。テレビの世界だったきらびやかな生活が車で10分くらいのところで現実になったことによる人々への影響はとても大きいと思う。

洗濯物からも違いがわかる。昔は洗濯物に巻きスカートがいっぱい並んでた。色とりどりの巻きスカートが干されている風景がとても好きだった。今では、ズボンやTシャツが多い。ときどき一枚ほど巻きスカートをみる。もっぱっら家着なんだろう。変わらないのはお昼のこの暑い時間、避暑のため日陰にハンモックをかけて昼寝しているところかな?

少しはずれのほういくと地元のレストランもあった。高床式で木造、藁葺きのシンプルなところ。10年前はこういう家やレストランがいっぱいあった。中心街では、地元の人(子どもたちも気軽に立ち寄れるようなところ)はない。その町外れのレストランは、お母さんと3人の子どもが切り盛りしていた。メニューは一品。川魚のスープと豚肉の煮込みぶっかけごはんが4000リアル。(こっちにきて始めて現地通貨で値段を言ってもらった、、、。市内はすべてドル払い) 。もちろん、電気もガスも水道もない。

お料理は、とーっても素朴でおいしい。塩味をきぁせるのは、暑い国なので汗をかくからだと思う。バックパッカーをしていたとき、出会った人から「食を通してその文化を理解する」ことのおもしろさを教えてもらった(その人か聞いたのは、何故チベットでは塩バター茶なのか、だった)。魚は小さい川魚。浅い川や湖があるんだろう(トレンサップ湖かな?)。最後に、さとうきびジュース。氷をいっぱいサービスしてくれた。学校帰りの子どもたちが、さとうきびジュースを飲みに立ち寄る。袋にジュースをいれる。搾りたてはうまい。食と飲み物で暑い国に住む人にとって欠かせない塩と砂糖を摂取できる。市内にいてたら、何もわからない。

3/7 PUCの学生によるプロジェクト企画案発表

SSSVプログラムで来日したPUCの学生が関西大学でのプロジェクト活動を視察して、自分たちもPUCで学生主体のプロジェクトを実施しよう、ということになった。
シェムリアップで問題になっている社会問題を取り上げて、それを解決するためのプロジェクトを立ち上げるというものである。ロスファルト先生がスーバーバイズしなら、PCUの学生が企画をした。
4つのプロジェクトが立ち上げられ、それぞれプランを発表した。関西大学の学生が自分たちのプロジェクトの経験をもとに、その計画を具体化するための提案や質問をした。
PUCの学生がたてたプロジェクトは、
(1)映画プロジェクト
映画を通して社会問題をについて考え、意識や態度の変容を促す
(2)サイクリングプロジェクト
健康とエコのことを考えて、アンコールワット群の寺を自転車で回ることを促す
(3)PUCと高校との連携
休みの日などつかって高校生にPUCにきてもらい、PUCの学生がたてたいろんな活動に参加してもらうことで、英語力を学んでもらう。
(4)村の学校支援
募金などをしてお金をあつめ、それをつかって学校に文房具を提供することを通して貧しい子供たちの教育支援をする
 PUCの学生がカンボジアの社会問題についてどのように考えているのかがよくわかる。とてもおもしろい企画だと思うけれど、社会問題についてよくしっているわけではない。つまり、誰にでもわかるようなエコ、健康の問題、英語力の向上、物をあげることによる貧困値の支援などを問題として捉えている。日本の学生と共同して、現場にはいったり、プロジェクトを進める中で、そのあたりの理解も深まればいいな、と思う。

Communication Class@PUCを視察

米国人講師によるCommunication Classに参加した。この授業は、オーラルプレゼンテーションについて学ぶ。2つのタイプのプレゼンテーションをみて、比較をし、何がどう違うのかについて理由をもって説明するというものである。

今日のプレゼンテーションのトピックは、カンボジアの学校教育についてである。これは、講師の研究テーマだそうだ。まず、彼の調査の結果について、パワーポイントや図表を使って、カンボジアの教育事情についてプレゼンテーションがあった。その後、Private tutoring in Cambodian eduaction(というタイトル?)のビデオをみた。同じテーマについてのドキュメンタリーである(YouTubeにアップされているみたいなので、是非もう一度みてみたい!)。

同じ内容であるが、ふたつの違うプレゼンテーションの方法を比較をして、何がどう違うのか、理由と一緒に説明するように指示した。

カンボジアと日本の両学生からいろいろ意見がでた。たとえば、「オーラルプレゼンテーションの場合、根拠となるデータを示していたので信頼性いがあるが、ビデオの場合、その内容の信頼性にかける(カンボジアの学生)」、「映像の場合、テーマについてイメージがいしやすい(日本人学生)」などである。

生徒からたくさんの意見がでた。その後、講師は「ビデオとオーラルプレゼンテーションでは、みんながいうようにストーリーラインが違います。来週は、それぞれのプレゼンテーションのストーリーラインについて分析をしてみよう」ということで授業を終えた。

とてもおもしろい授業だった。そしてとても参考になる。私の授業でも是非取り入れたい。

ところで、プレゼンテーションの内容も非常に興味深かった。カンボジアにおける公教育とPrivate Tutoringの相互関係についての話である。

カンボジアでは、EFAをめざしていた時は、教育二予算がかなりつけられたが、EFAがある程度到達できてから、教育に対する予算が削減されるようになった。学校が増え、子供たちが学校に通えるようになったが、教師の待遇、すなわち、給料は変わらない。ひとつの教室に40人以上、多い時は60人の生徒を教えなければいけない。給料が安い上に仕事が大変である。そういう状況の中、Private tutoringが教育の中に埋め込まれている。レングーとよばれるもので、学校の授業が終わってから、担任の教室が学校や自宅などで家庭教師をするのである。これはミャンマーもおなじである。この制度によって、授業についていけない子が、授業をしている教師から授業終了後に指導をうけることができるので、落ちこぼれができにくいといったメリットもあるが、マイナス面も多い。

ひとつは、教師がPrivate tutoringをするためにわざと授業内容を飛ばしたりするのである。そのため、Private tutoringをうけていない生徒は、テストで点数がとれない。この問題は、教師がおかれる環境の悪さから公認されているが、貧しい家の子どもたちは、そのため

日本で学習指導要領が絶対視されるのは、かつて日本でもカンボジアやミャンマーと同じ問題があった?

オーラルプレゼンテーションとビデオを比較して、どういう情報の違いがあったのか、その理由と一緒に述べる。

まとめ;ストーリーラインの違いについて述べていた。ビデオとオーラルプレゼンテーションでは、ストーリーラインが違うことを示していた。来週の授業ではそれについて分析する。
20120307-191910.jpg

NGO PEPYを訪問 PEPY TOURからの経験

PEPYは教育支援活動と同時にこのプログラムに参加するツアーをしていた。しかし、前にも書いた理由からそのプログラムは取りやめになった。

しかし、その後、PEPY TOURは、米国の学校を中心に(それ以外に、マレーシア、オーストラリアも)高校生のツアーをアレンジするという業務をする独立した組織としてはじめた。最小年齢は中学生。主な対象は高校生のツアーをアレンジする。パッケージツアーがあるのではなく、それぞれの学校の目的、年齢、人数、関心などに基づいてカスタマイズする。

ツアーでは、生徒たちが現地の活動に徐々にはいていけるようにグループダイナミックスに基づいてデザインしている。

ツアーに参加する学生には、事前のマテリアル(Pre reading materials)を提供している。事前に資料を読んでもらったり、ANAやその他のスタッフと事前に連絡をとって準備をしてもらうのは、次の理由がある。

何もしらないで来られるとオリエンテーションで一からすべて説明する必要がある。しかし、オリエンテーションでは、すべての情報を伝える十分な時間がないため、十分に伝えれないこともある。そうなると現場に入っても表面的なことしかみることができない。事前にPEPYのこと、カンボジアの歴史や社会問題など基本的なことは知ってきてもらいたい。逆に事前に学習してきている生徒たちは、知りたいことがあるため、深く理解することができている。

Pre-readingの内容は、PEPYの概要、リーダーシップ育成について、社会起業について、カンボジアの歴史や社会問題について、学校教育についてなどである。これらは、School PackageとしてWebで提供している。

Pre-reading以外にも必要に応じてテレビ会議などをしてコミュニケーションをすることもある。

一方、Pre-readingなどの事前学習では理解できないこともある。実際に経験してはじめて関心ををもったりわかることもある。しかし、こちらにきて見て学ぶのはよいとしても、現地にはいって、不適切な振舞い(たとえば、自分たちの文化を押し付けるような振舞い)をすることで現地に迷惑がかかることがある。これを防ぐため、PEPYでは、(いつもでhないが)現地にきてから、外国人になれたカンボジア人と交流してカンボジアについて知る機会をもっている。外国人になれたカンボジア人であれば、外国人の振舞いや文化の違いに対して理解があるからである。少グループをつくり、そこでディスカッションをするなどをしている。

このようなツアーの内容は、Educational Consultantがデザインしている。基本的には、学校のツアーを受注する。学校によって、一年だけのものもあれば、継続的に実施しているところもある。ツアー内容は、学校からツアーの目的をきいて、PEPYがCuriculum developmentをして、提案する。社会起業について関心のある学校の訪問が多いので、そういった活動をしているNGOを訪問したり、実際に社会起業に携わっている人たちとディスカッションをしたりする機会を設けたりしている。

外国人をNGOで受け入れる課題は次の通りである。
NGOが取り組んでいる社会問題や社会起業は、主観的なテーマ(Subjective topic)であり、正しい答えがあるわけではない。そのため、「正解」を教えることはできない。ひとりひとりが自分たちの感じ方、考え方、意見を持つことが重要である。そのため、いろんな人とディスカッションをしたり、ブレインストーミングを通して意見を出し合ったりすることを大事にしている。一方、現場にくる前に、注意して入ってほしいこともたくさんある。カンボジアの文化に新しい文化を持ち込むのであるから、現場の人が混乱したり、不快を感じるようになってはいけない。そのため、注意すべき点などを事前学習やオリエンテーションでするが、言い過ぎたりすると自分で気づく機会を奪ってしまうことになる。いろんな情報を与えすぎないことにも注意していると同時に必要最低限の情報を提供している。このバランスをどうデザインするかが現在取り組んでいる課題である。

最後に、海外からスタディーツアーにくる生徒の学習プロセスを、ANAはこれまでの経験から、Forming(フォーミング)-Storming(ストーミング)- Knowiming(ノーミング)-Performingといっていた。単語がよくわからなかったので、一緒にいった久保田先生にあとで確認する。

6日 NGO PEPYのANAとディスカッション

午後3時から5時くらいまでPEPYのCommunication coorinator のAnaと、PEPY tour coordinatorのAna(二人ともAna!)とディスカッションする時間をいただいた。訪問したのは、私と久保田先生の二人。

PEPYはカンボジアの教育支援をしているNGOである。主に2つの活動をしている。ひとつは、政府の学校の教育の質支援、もうひとつは、課外活動(クラブ)の支援活動である。

政府の学校をの教育の質改善の活動では、Teacher traning, Creative learning, teaching improvement, classroom(community) developmentなどに取り組んでいる。課外活動については、いろんな世代のコミュニティを作り、社会問題(たとえば、家庭内暴力や衛生問題など)について議論しながら考え、解決するような取り組みやリーダーシップの育成などをしている。

このようなプログラムは、カンボジア人のスタッフが開発、実施している。Program staffやEducatorsなど専門をもったカンボジア人スタッフが40名ほどいる。外国人スタッフは2名だけである。それ以外に長期のボランティアの人たちはいる。

PEPYでは、最初は子どもたちに対して英語の授業をするなど活動をしていたが、徐々に、子どもに対して授業をするのではなく、これを持続可能なものにするため、教師に対する研修が重要だと考えた。そのため、今では教員研修などに力をいれている。

加えて、保護者に対する取り組みもしている。農村部の親たちは教育をうけていない人が多い。そのため、PEPYでCreative educationなど新しい取り組みをしても理解してもらえない。そのため、保護者を学校にきてもらい授業をみてもらったり、家を訪問して説明したりもしている。コミュニティレベルで教育の重要性を理解してもらえるように課外活動としてcommunity developmentに力をいれている。

このPEPYの教育プログラムを、以前は開放し、誰でも見ることができるようにしていた。海外からのボランティアも受け入れていた。たとえば、一日から数日の短期のボランティアの人たちは、学校にきて、英語を教えたり、絵や音楽のプログラムを実施したりした。しかし、このプログラムを今はしていない。その理由は、学校での勉強が邪魔されてしまうからである。米国には、Child protection policyというのがある。これは他国(日本)でも同じ。子どもたちの人権の中に、子供たちが安心して勉強できる権利というのがある。カンボジアでも同様だとANAは考える。海外からの訪問者が学校を訪問することによって、子どもたちや先生たちの集中力がきれたり、写真やビデオをとって勉強の邪魔になったいする。学校とは、安心して勉強できる場所(Safe place to learn)でならないという考えるに基づくと、訪問者を受け入れないほうがよいとかんがえた。

これは、学校だけではなく、どこのNGOも抱える問題である。孤児院など外国人訪問者がきて、写真やビデオをとってさっていく。海外の訪問者にとって、学校や孤児院を訪問することは、途上国の社会問題をかんがえるきっかけにになる。帰国後、自国で何ができるかを考え、自国、他国の社会問題に関心を持ち、行動を起こすことが期待される。そういう効果はあると思う、というANAはいう。しかし、現地にいる人たちにとっての意味は何かということを考えなければいけないことが課題であるという。また、訪問者が必ずしも社会問題に関心がある人ばかりではない。途上国の問題に関心がある人、社会起業に関心がある人、カンボジアの歴史や遺跡に関心がある人など目的は多様である。そのため、そういう人たちも含めて訪問者を迎え入れるかどうかはNGOにとって難しい選択である。

ただし、LONGER COMITTMENTができる人については検討する余地がある。ただ、学生ではなく、専門をもった人なおである。一緒に定期的に継続的に協働できる場合、学校のプログラムを協働することはある。たとえば、以前、音楽教育のプログラムをやろう、という人がいた。時間をかけて、定期的に連絡をとり、コミットしてもらえたので、そのプログラムは実施した。短期の英語ボランティアなどについては、受け入れていない。

(続く)

キュリエイターの役割

今日のPUCの授業では、学生は積極的に質問していた。昨日までとは大違いだ。おそらく、昨日の振り返りの時に、久保田先生が「アメリカなどでは、質問しないということは、理解していません、関心がありません」というのと同じだ。なんでもいいから質問しろ。」と発言に関連していると思う。昨日、地雷博物館を訪問し、日本人や米国人が地雷について詳しい説明をしてくれたにもかかわらず、「何か質問は?」という問いかけに対して誰も質問しなかった。久保田先生はそれをみて上記のコメントを振り返りの際にした。その際、学生からは「英語がわからないので質問ができない」という弁明がでたが、久保田先生は「わからなければ、それがわかりませんといえ」という。今日の授業では、学生から「Artifactの意味がわかりません」「Featureの意味がわかりません」「Valueの単語はわかるけれど、それがどういう意味で使われているかわかりません」といった質問が日本人学生からでた。まさに昨日の振り返りの久保田先生のコメントの影響ではないか。

こいう場面をみると、キュリエイターの役割の重要さがよくわかる。この点こそ、大学がフィールドワークを実施する利点ではないだろうか。ツアー会社(旅行会社)ではこういった指導はできない。

それ以外にも、昨日の振り返りの際に、地雷博物館に併設されている学校についてある学生が「あの学校は許可がなければ入れない場所で、そんな閉鎖的な場所で学校をすることってどうなんだろうとおもった」といっていた。まさに、そのことは、私もと久保田先生が現場で議論していたことで、その学生はそれを聞いていた。フィールドをどう見るのか、というのは、学生だけではわからないことが多い。経験のある人の振舞い方、考え方をみて、学ぶ。まさに、引率者はロールモデルでもあり、思考の枠組みでもある。

また、フィールドワークにおいて体験を振り返るということはとても重要である。やりっぱなしにしないためである。しかし、振り返りをすればいいというわけではない。体験をどう「深く」振り返りさせるかファシリテートすることもキュリエイターの重要さな役割である。

6日 パニャサ大学(PUC)にて授業視察

今日は、PUCにて文化人類学(クメール文化について)のNgin Virath教授の授業を視察させてもらった。教室のレイアウトは、個々の学生がひとつずつ机付きの椅子に座り、教壇にむかって並んでいる。教員は教壇にたつのではなく、前を左右に移動しながら、生徒に話しかけながら授業を進めていく。白板に書くときのみ、教壇に登る。

授業では、文化をみるためには、どういう視点が必要か、ということについて説明がある。枠組みについて説明をしてから、具体事例を学生から意見をださせていた。

たとえば、文化をみる視点としてNgin教授は3つの視点を紹介する。
(1)Cognitive process(価値や思考、信念など)
(2)Behavior(態度、行動)
(3)Material Creatation (人工物)
この視点に基づいて、カンボジアおよび日本では、どのようなCognitive Processがあるか、ということを問う。たとえば、カンボジアでは、女性を大事にするという価値がある。その例が、女性の日である。(ちなみに男性の日はない。)また、多くの人が仏教徒であるため、両親を大事にする。そういったことを、日本では?カンボジアでは?と質問していきながら、学生から事例をださせていた。

こういう授業を事前学習にれるといいな、と思った。フィールドワークに入る際、学生は何をみればいいかがわからないため、「楽しい」「よかった」「いい経験ができた」と体験を具体的かつクリティカルに批判できない。どういう視点でみればいいかわかれば、それをもとに「何をみたか」について意見をだし、それを「何故、そうなのか」という質問に変えて、現場にはいると、「ただ単に参加して教えてもらう」という受動的な態度での参加ではなく、「知りたいことがあるので積極的に知ろうとする」能動的な参加ができるのではないだろうか。20120307-125705.jpg

3/5 NGO SARABADAIのレストラン・スクール

伊藤さんに紹介してもらい、SABAIDAIというフランスのNGOが運営するレストランにいった。このレストランは、RESTAURANTE SCHOOLで、レストランやホテルで勤務するためのマナーや方法について学ぶことができる学校である。このRESTAURANTE SCHOOLは、貧しい子どもたちの経済的自立を支援するNGOで、Disadvantagedな家族の子どもだけを受け入れる。

ここで訓練を受けた生徒は100%就職することができてる。現在、100名の生徒がいて、これまで800人以上の卒業生を輩出してきた。

この学校には誰もがこれるわけではない。次の3つの条件がある。
(1)17歳から23歳までの年齢
(2)6年生まで教育を受けていること
(3)レストランやホテルに就職することについて高いモチベーションをもっていること
である。この3つの条件は十分になっとくできるものである。小さい子どもの場合、レストランやホテルではたかせるには早すぎる。レストランやホテルで接客をするためには、読み書き計算の基礎学力が必要であるし、教えられることを待つのではなく、自分たちから学べるような年齢でないといけない。そういう意味でも16歳以上で、モチベーションが高い子どもを選ぶというのは納得がいく。

SARABADAIが受け入れを決めるには、4つのステップがある。
第一に、Application または Registrationをしてもらう
第二に、SARABADAIのスタッフが、家族を方もし、社会的、経済的状況を評価する。100%の就職が達成されているため、お金持ちの子どもたちの職業訓練所にならないようにするためだと思う。
第三に、筆記試験を行う。注文をとったり、接客をするためには、基礎学力が必要だからであろう。カンボジアでは今では田舎のほうでも学校に通える環境があるので、やる気があれば、基礎学力を身につけることができる。筆記試験でモチベーションをみることもできるのだと思うくらい。
最後に、インタビューを行う。
この4つのステップを通過した人が、このSABAIDAIで働くことができる。

この学校は、11ヶ月のコースを提供している。生徒は、ここで、レストランでのサービス業、料理、フロント事務、清掃の4つについて学ぶ。業務を通して、Technical skill, English, General Education, life skillを実践的に学ぶことが期待される。

私たちの接客をしてくれたのは、「サウリー」という少女だった。年齢は、16歳くらいだと思う。ヨーロッパのレストランでの接客に似ている。英語で料理について説明し、丁寧に注文をとる。グラスに水がなければついでくれる。料理が遅くなれば、「デザートが遅くなり大変申し訳ございませんが、もう少しお待ちください」と気を配ってくれる。完璧だ。さらに、カンボジア人のやさしい笑顔と温かい接客が加わり、とてもいい気分でランチをいただけた。

このNGOは、外部の援助がなくても自活していける点について優れている。NGOとして収益も出せるし、村落の子供たちの経済的自立も支援することができる。まさに、ソーシャルビジネスとして成功している事例だと思うくらいが、次の点について次の2つが課題があるのではないか。

ひとつは、この取り組みは、シェムリアップだからこそ成り立つということである。つまり、シェムリアップのように観光地で、海外からの旅行者がお金を使ってくれるリゾートであることが前提となる。インドのブッダガヤのような地域ではこうはいかない。地元のレストランも十分においしいのに、普通の料理の数倍の値段を払って食べにくることはない。しかしリゾートであれば別である。リゾート気分を楽しむ家族をや恋人たちが、おいしい創作料理を楽しむ。値段が高くても、それがNGOの支援になると思えば余計に支払う。こういう状況であるからこそ成り立つのであって、これをブッダガヤで実施するのは容易ではない。リゾートであるからこそ、リゾートを楽しむ人たちが来て、お金をだしてくれるのに抵抗がないから成り立つのである。もし、シリアのパルミラのように内戦など不安定いになて観光客がこなくなった場合、彼らは職を失う。

次は、第一の課題と関連するが、社会起業と考えた場合、利益をえるのは、現地の人であるべきである。このレストランの客は、私がいったときは、100%外国人である。外国人にとっては、おいしい料理が食べられ、NGO支援になるが、地元の人にとっては、アクセスできない。村落の問題解決だけではなく、それがシェムリアップの社会の問題解決につながるといいな、と思った。

蛇足ではあるが、パナサーと大学の学生にシェムリアップが観光地化し、発展していく状況についてどう思うかとたずねたところ、聞いた3名の学生は「自分たちには利益をはないし、生活が大変になる」と答えた。外国人を対象としたレストランやカフェが増え、トゥクトゥクやタクシーは外国人をを相手てに商売をするほうが儲かるため、現地の人が置き去りになっている。メインストリートのレストランやカフェには高すぎていけないし、疎外感を感じることもある。この収益が国の利益になり、結果としてカンボジアが発展するならそれは仕方がないとおもうが、実際は海外にお金が流れたり、誰かのポケットマネーになってしまう。街の観光地化は深く考えさせられる社会問題である。
20120305-234433.jpg

5日 地雷博物館訪問

10年前に地雷撤去に参加させてくれたアキーラ。当時、寺のモンクと共に村の地雷撤去をしていた。アキーラの考え方、動き方をみてとても共感した。当時、地雷撤去にブルドーザーみたいなのを歩かせて、爆発させて処理することができたが、森や林の中に埋められた地雷は手作業でないと撤去できなかった。これらの村の周りの森の中にある地雷は、村の人たちが自分の家族を外部の敵から守るために埋めたものだ。そのため、彼らはある程度どこに埋めたのかを覚えている。しかし、雨が降ったりして、それが流され、場所がずれてしまうことがある。埋めた人がなくなり、どこに埋めたか正確にわからないことがある。そこで、人々の記憶を辿りながら地雷を探しすのである。ひとつひとつ。

地雷撤去には特別な機械はつかわなかった。クワだけである。地雷はスイッチをおすと爆発するので、斜めから地雷を掘り起こせば爆発しない。特別な機械ではなく、村の人たちが日用品としてもっているものをつかって、地雷撤去していた。

今では、地雷撤去の経験のない人たちがやるのではなく、ライセンスのある人だけが地雷撤去をする法律ができた。2007年だったか(正確には覚えていない)が最近のことだ。米国をはじめとする海外からの援助をうけ、彼らが中心に地雷撤去をしている。そして、地雷をの被害にあった子供たちを集めて学校をはじめた。

地雷博物館に併設されている学校を訪れた。普段、外国人は訪問することができない。かなりクローズにしている。ANAという女性が学校や台所を紹介してくれた。「この子たちは、ゲームで遊ぶことはできません。アメリカ人の子どもはみんなゲーム機をもっていたんだけどね。」「バナナやマンゴーなどは森からとれるのでいつもたべますが、ここでは、りんごやパパイヤ、ドラゴンフルーツというものは1ヶ月に2回くらいしか食べることができません。」という。この言葉を聞いた時、彼女は、米国の価値でこの子たちの生活をみているな、とおもった。子どもの遊び部屋をみせてもらったときも、ぬいぐるみや遊び道具がおいてあったが、「30人の子どもたちには不十分です」という。あるだけいいじゃないか、とおもった。彼女はどんなリッチな環境をめざしているんだろうか。

ANAの話を聞きながら、アキーラがめざしたものはこれだったのかな、ととても疑問におもった。一緒に過ごした時間は彼女に比べてとても少ない。でも、アキーラは誰もを歓迎していた。たまたまそこにいたバックパッカーの私に「地雷撤去にいくんだけど、一緒ににどう?」といった。地雷撤去から帰ってきたら、ごはん食べていく?ハンモックで昼寝していけば?と気軽に声をかけてくれた。この学校は、組織的で、許可なしに人が立ち入ることができない。あの頃、アキーラが世話していた子どもたちは、人になれ、一緒に遊び、みんな迎え入れていた。

アキーラの気持ちはわからないけれど、もし葛藤があるなら、、と考えはじめた。海外からの支援をうけるということは、政治的なことがどうしても入ってしまう。ドナーの意見が色濃くでてしまう。「私たちのやりたいようにできるならお金を出すわよ」、そういって多くのローカルNGOが自分たちのやりかたや目的を変えざる終えなくなっている。沖縄の問題について講演してくれた松島先生もいっていた。「沖縄はいつも選択肢のない取引を強いられる。政府の意図を受け入れるなら、経済的支援をするが、そうでなければ支援はできない」。多くの場合、純粋にローカルの人たちがやりたいことに対して助成されるわけではない。お金を出すから、、と取引がある。それは交渉といえないことがある。もらう側には交渉の余地がないこともあるからだ。

そんなことを考えると、やはり既存の「支援」について考えさせられる。ローカルの人たちによる、ローカルのための支援って何か、ということについて引き続きしっかり考えていかなければならない。20120307-125422.jpg

3/5 NGO法人 ACODA訪問

午後5時にシェムリアップについた。タイからの移動は意外に楽だった。
バンコクから国境まで3時間、国境からシェムリアップまで2時間でバスに乗っていたのは5時間だけ。乗換の時間にとても時間がかったので、結局10時間くらいはかかったが。ゆっくり来れたので、特に疲れてはいなかったので、さっそく、フィールドワークに参加している学生たちのミーティングに参加。

その後、ACODO(エイコウドウ)というNGOを訪問した。ACODOは、孤児や貧しくて育てられないと育児放棄された子どもたちを集団的にケアしているNGOである。正確な人数は分からないが50人くらいの子どもが住んでいる。年齢は1歳くらいの小さい子から高校生くらいの子どもがいる。貧しさのあまり、ACODOの門のところに子どもが捨てられていることがあるそうだ。この子たちが将来自立していけるように、ACODOは、クメール音楽やクメール舞踊を教え(プロの教師によって)、毎晩舞台で踊らせる。それを見に来た来客者(ほとんど外国人)から募金を得てそれを運営費としている。今日は私もその舞踊をみせてもらった。小さな子どもたちが一生懸命ダンスをしているところをみて、とてもほほえましかった。

子どもの数が多く、どう彼らの生活がなりたっているか疑問に思って、ACODAのスタッフである「ビスナ」さんに話を聞いた。

ACODAには、プログラムに賛同してくれる外国人がいて、彼らがそれぞれの子どもたちのスポンサー(里親)になり、生活に必要なお金を毎月仕送りしている。子どもたちはその支援をうけて、ACODOに設置された学校に通い、ダンスや音楽を学び、協働で暮らしている。子どもたちの様子をみると、大きな子どもが小さな子どもを面倒みて、子どもたちはのびのび遊んでいた。

ACODOでは、海外からのボランティアを受け入れている。半年など長期もあれば、数週間の短期のボランティアもある。短期の場合、1週間70ドル(昼食と夕食代)を払ってもらうことになっているが、長期の場合は、お金はとらない。ボランティアの人たちの仕事は、それぞれの特技や専門、期間によって違うが、多いのは学校で教えるというボランティアだ。現在、フランス人、イギリス人など数名のボランティアがいて、英語などを教えている。それ以外に農場や学校の建設の手伝いなどもしてもらっている。ボランティアを受け入れる上でのPMIについて聞いてみたいので、一日ここにボランティアに行ってみたいと思った。

ACODAの今後の展開としては、Medical CenterやCounceling Centerを作りたいと考えている。カウンセリングについては、今後、より多くの子どもを受け入れる上で不可欠であるという。というのは、子どもたちは、ACODAに来た時は、人のものを盗んだり、騒いだり、学校をさぼったりすることがある。これは、彼らの親が悪かったからだという。共同生活をしたり、学校にいったり、人の話を聞いたりするなど、態度や考えを変えることは簡単ではない。そのため、カウンセリングをするセンターを作り、子どもたちの精神支援をしたいと考えている。(※インドのニランジャナスクールのプレプライマリーがまさにその役割を担っている)。

今日は、あまり時間がなかったので十分に話を聞くことができなかったが、8日にできれば一日ボランティアに参加したい。20120305-234732.jpg

3/2少数民族マニプリのおじさんを訪問―日本の高校との新しい形の交流学習の可能性を探る―

先日、相馬さんのお宅にご招待していただいたとき、奥さんの淳子さんから少数民族「モニプリ族」の話を聞かせてもらった。淳子さんは、現在、「モニプリ族」の伝統工芸を守るための取り組みをされている。具体的には、「モニプリ族」の人たちが自分たちの伝統保護、職業機会の確保として設立している「シレイコンShilleikon」を四年前から手伝われ、現在はProduct adviserとして「モニプリ族」の伝統工芸の新商品発されている。

「モニプリ族」はインド、ミャンマー、バングラデシュ3国にまたがって現在も自分たちの母国語(文字)や文化を大切にして暮らしている。主な産業は織物業だ。私も織物を見せてもらったが、手織りの美しい柄の織物だった。

ところが、この伝統が失われつつある。「モニプリ族」のロビンさんにお話をうかがった。

「モニプリ族」は伝統的に女性を中心に織物を作っていた。モニプリ族の主な職は農業であるが、女性たちはその合間の時間を使って織物をし、それでモニプリ族のスカートやサリ―などを作っていた。昔は100%の女性が織物をしていたが現在では、少なくて20%、多くて40%だけである。しかも、モニプリ族の若い世代は、都会に行くことに憧れ、その伝統を引き継ごうとしない。そのため、モニプリ族の織物の伝統は、継承されず20-40%が織物業をしているとはいえ、伝統的なものが必ずしも引き継がれているわけではなく、それぞれが違うやり方で織物をしている。たとえば、モニプリ族の伝統織物は自然染料を使う。しかし、化学染料を使うことでより統一感のある織物を作りことができるため、自然染料の技術が失われつつあるのだ。また、Cottonも昔は自分たちで育てていたが、現在では、他地域や海外から取り寄せているため、Cottonから糸を生成する技術も失われつつある。

ロビンさんはその状況をみて、なんとかしなければいけないと考えた。モニプリ族の若い世代は、教育を受けている子が多く、大きな夢を抱き、都会に出たいと思う。農業や織物業よりビジネスをしたいと考える。しかし、夢だけをみていて、そのために何をすればいいのかが分からず、結局、「何もできない」ままで終わってしまう。また、モニプリ族としてのアイデンティティ、伝統、生活、言葉とどう付き合うのか、守っていくかということに向き合えていない。教育によって多様な夢を持つことは大事であるが、モニプリ族として%E

マーケットをブラブラ 教材について考える

休憩時間に、マーケットをブラブラまわった。海外にでると必ずマーケットいにく。そして人々の生活をじーっと観察する(マイケル コールも西アフリカの学校教育支援を考える際、同じことをした)。

マーケットは人々の生活を理解する場である。何かを食べているのか?、誰が買いにくるのか?、物価は?、買う量は?、どう数えるのか?計算の方法は? 彼らにとって短なものとは? その理解が「教材制作」の上で不可欠。バングラディッシュをはじめ、多くの途上国では、学校で教材を制作するのがむずかしい。その大きな理由が材料がないのである。紙もない、印刷機もない、パソコンもない、色鉛筆も絵の具もない、模造紙もない。そんなところで教材を先生が準備するのは難しいこと。でも、教材がなければ、理解させるのが難しいことがいっぱいある。そのため、安価で身近に手に入れることができる材料を使うのである。たとえば、数字の勉強には、豆や石を。割り算には身近な果物を。理科の実験にはアルミのお皿やストローを。

また、ポスターなどの教材を作る際にも人々の生活を知っておく必要ながある。物を売ったり、買ったりするのも男性と女性の仕事が別れていることがある。そのため、その文化と合わないポスターをを作ると、違う意味で解釈されたりするかもしれない。たとえば、魚を売る仕事が男性の仕事だとする(とりあえず、この数日間で、女性が魚を売っているところはみていないので)。魚を扱う際の注意についてポスターを作った場合、そのポスターは衛生教育のものとして作っても、もしそこに描かれているのが女性であれば、「女性にも魚を売る権利がある」みたいに解釈されるかもしれない(たとえばね、たとえば)。あと、どれくらいメディアリテラシーがあるかを理解するのも大事。抽象的な絵をみなれていないと、誤解されることがある。昔実施したニジェールの調査では、横顔の女性をらい病だと理解したり、栄養バランスを円グラフでまとめたポスターが理解されなかったりする。そのため、マーケットなどで貼られているポスターなどをみて、人々がどういうメディアと接しているかを理解するのも大事。ちなみに、バングラディッシュは、写真が多く、あまりイラストのポスターは町にない。でも、ノートの表示などは、人や擬人化した動物が書かれているので、抽象的な絵は理解されるのだと思う。

1日 小学校の授業視察@ガジプール

今日はガジプールの小学校の授業を視察。ダッカ大学のDr. Hafizurさんの調査に同行。
専門がめちゃ似ていて意気投合した。彼の専門はLearning community。バングラディッシュで授業研究をどう実施していくかに関心があるようだ。将来、共同研究ができたらおもしろそうだな。
さてさて、今日は、1年生、2年生、5年生2クラス(英語と理科)の4授業を視察した。言葉はわからなくても、授業をみているといろいろわかることがある。

(詳細については、飛行機の中でまとめます^^。出国前に本の原稿を書かないと!)