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29日 PTIにて教員研修視察

PTIの視察。PTIとは教員研修場のことである。まだ、新任研修のカリキュラムが改定されていないので、昔のままのものであるが、今回は実験的に新しく改定された内容をいれて、講師の先生が実際に研修を行った。

研修にくるのは小学校教員。この研修は教師になってすぐにあるのではなく、順番待ち。半年くらいなってから研修を受ける人もいれば、数年たってから受ける人もいる。そのため、受講者の年齢はかなり違う(若い人から年配の人まで)。

マスタートレーニングとは全然雰囲気が違う。ひとつは、全然積極的ではないということである。教室のレイアウトはグループワークができるように6つの島に別れて8人から10人くらいずつ座っている。講師が話していても、前に背をむけて座っている先生は前を向こうとしない。また、グループワークにあってもすぐ隣の人と話すことはあっても、全体で話すことはない。よくみると、グループワークでリーダーシップをとる人が誰もいないのである。全国から集められた教員でお互い知り合いではないので、急にグループワークをしろといっても、誰がリーダーシップをとるのか、ということがわからない中で難しいのはわかる。しかし、リーダーシップをとるとか、誰かにリーダーシップをとってもらいディスカッションをするということを知らないので、ぼーっと座ったままの人があまりにも多い。日本のでは、グループワークワークはそれなりに成立する。なぜか。

グループワーク、すなわち、協働が成立する条件ってなんなんだろうか、と考えた。

(1)なんのために協働をするかを理解している。
(2)強度することに価値を感じる課題に取り組む
(3)他者から学ぼうとうする態度
※正しい答えを知ることだけが授業の目的ではないということを理解する。正しい答えを求める授業をであれば、答えを知っている教師が唯一の学習リソースにあるが、いろんな考えや視点を学ぶことで理解が深まるということが学習であると考えれば、協働することの意味が見出せる。(1)と関連。
(4)協働に必要なリソース、道具、経験がある
グループワークにアクセスさせるためには、アクセスするための媒介物が必要。全く経験もなく、知識もなく、関心もない課題であれば、参加することができない。その時点で知らなくても、調べるリソースが準備されていたり、経験をもとに議論できたりするようにしなければならない。

私はこの4点が大事だとおもったが、相馬さんは、次の3つを指摘。
(1)課題ー協働のための課題が適切に設定されていれば、協働する。
(2)関係性ー好き嫌いを含めて、一緒に学びたいと思える関係性が大事
(3)慣れーグループワークというのは、理解すればできるようになるというより、慣れというところがある。日本でも、最初は先生にやれといわれて、やっているうちに、やりかたを覚えている。まずは、慣れることが大事。

とても納得できる。途上国においてどう協働を促すかというのは解決すべき課題のひとつ。日本では、学級文化を含めて学校教育の中で、協働することが埋め込まれているので、当たり前にできることも途上国ではできない。日常生活で協働することと、教育場面で協働するのは違う。学校場面で協働を促すかためにはどういった支援が必要か。国際協力機構をする我々の課題でもあり、関心でもある。

29日 新教員養成課程のマスタートレーニング研修視察(マイメイシン)④

研修をの流れープレゼンテーションの着目してー

グループワークの流れは、グループで話し合い、その後、グループの誰かが発表をさせるという流れが多い。私は、そのあとがとっても大事だと思う。どうもみていると、発表のあとは、講師がまとめて「終わり」というのが多すぎる気がする。

なんのためにグループごとに話し合わせているのか。三宅先生の授業を参考に私の授業では、グループで話し合わせたあと、必ず学習者にまとめさせる。発表を聞きっぱなしにしない。発表をしっぱなしにしない。そのためには、発表から「学ぼうとうする」意識を促す工夫が必要である。それは、最近に「発表を聞いて自分の意見を”再構築する”ということ。

バングラディッシュにしろ、ミャンマーにしろ、シリアにしろ、最後には講師がまとめる。なぜなら、講師が「まとめる」ことが期待されるからだ(私の講義でも学生は私(講師)にまとめてほしいと考えていた)。でも、グループワークを構成主義パラダイムに基づいてデザインしているというのであれば、最後は受講者にまとめてもらうのがよいと私は思う。

29日 新教員養成課程のマスタートレーニング研修視察(マイメイシン)③

理科教育法について研修中。「理科を教える方法にどういうものがりますか?」という発問に対して、「実験」「比較」「調査」「分類」など意見が出る。レベルが違う、、、(汗)。その後、グループごとに具体事例を発表することになった。ひとつのグループは、自分たちで集めた木花を「分類する」ことについて紹介した。分類の基準は「色」であった。その事例は、色のみの分類であったが、分類のための基準には、大きさ、かおり、木花か野の花か、といたものもあるので、複数の基準をみんなで考えたり、その基準で分類することが、何故いいのか(どういう意味があるのか)という議論ができたらもっとよっくなるんじゃないかな、と思った。

(事例紹介で使ったお話をいただきました!うれしいなぁ!)

議論がとてももりあがっている。バングラディッシュの学校教育では、議論をするということはないそうだけど、日常的に政治や経済に関心をもっており、友達同士で議論をする。だから議論は好きだそうだ。でも、日常でする議論は答えがでない議論。研修では、理科教育法についての知識、理解が求められる。意見をだせばいいというわけではなく、講師も学習者も学習目標を意識して議論しないとね。@マイメイシンの初等教育アカデミー

29日 新教員養成課程のマスタートレーニング研修視察(マイメイシン)②

(続き②)

日本でもよくあるパターンだが、グループワークのあと発表して、質疑応答してそのセッションをおえる。ベンガル語がわからないので、それをどうまとめたかがわからないので、わからないけれど、グループワークディスカッションをする際には大きく分けて二つの方法があると思う。

① 適応型
まず始めに、ディスカッションに必要な基礎的な知識や経験を共有しておく。このマスタートレーニング研修には、理科担当の教員だけではなく、英語やバングラディッシュ語、数学など様々な先生がいる。そのため、「理科とは何か」「何故、理科を学ぶことが重要か」と質問されても、理科についての基礎的知識や経験が共有されていないと前のブログにもかいたように意味をなさない議論がされてしまう。「何故、理科を学ぶ事が重要か」ということを理解させたり、それを自分の言葉で事例を示しながら説明できるようにすることをこの活動の目的とするのであれば、グループワークでは事例を出し合うとか、これまでの問題を指摘しその改善策を述べるとか「Application」に関する議論ができるといいのではないかと思った。

② イメージをもつ・アイスブレーキング
答えはないけれど、受講者がテーマについてイメージをもったり、テーマについて感謝を持たせることを目的とするのであれば、①に示したような事前学習(知識や経験の共有)は特に必要がない。ただし、そういう活動の場合、「これについて学んで欲しい」というものはない。イメージをもつ、モチベーションを高める、テーマと受講者の経験を関連づけることが活動の目的になる。

私の所感:言葉がわからないのでなんとも言えないけれど、ミャンマーでもシリアでも、日本でも、なんでもかんでもグループワークをして発表させるところが少なくない。グループワークの目的を考えて、グループワークをデザイン(事前に何を準備すべきか)といったことを考える必要がある。

29日 新教員養成課程のマスタートレーニング研修視察(マイメイシン)

今日は、新教育養成課程のマスタートレーニング研修を視察。バングラディッシュでは、新任教員を対象に1年間(12ヶ月)のC-in Edという研修がある。この研修をDiploma in Primary EDUCAITON (DPED)という名称にし、期間も18ヶ月にしDiplomaを与えることになった。それに伴い、12ヶ月の研修を内容も18ヶ月のものに改定(というよりかは、すべて作り直し)することになり、理科と数学については、相馬さんたちがその研修内容および方法を初等教育セミナー(NAPE)と行った。現在、NAPEと開発したDPED研修は、マスタートレーニング研修で27名のマスタートレーナー(男性19名、女性8名)を育て、マスタートレーナーが7つのPIT(研修場所)で実施され、そのモニタリングを通して改定される。2014年1月には全国展開をするためそれまで、ADDIEのプロセスにそって開発される。マスタートレーナーは全国の教員でも優秀が人たちが集められた。約3ヶ月間、朝9時から夕方まで、マイメイシンで研修を受ける。

DPEDにすることでDiplomaを与えることになっているが、問題もある。これまでの制度では、PITを受講する条件は中卒以上であった。中卒の受講者がDPEDをうけて、Diplomaをもらうというのに抵抗がある。抵抗するのは大学である。従来、Diplomaは大学でなければ交付できない。そのため、現在、DPEDを受講した教員に対してDiplomaを交付してくれる大学を探しているが、高等教育と大学教育を飛ばしてDiplomaを交付することに賛同する大学がないため、DPEDを受けたあとの証書すについてまだ決まっていない。

研修は、学習者中心型のアプローチで進められる。講師は、ダッカ大学のInstitute of Educadtion Researchという教員研究機関の()先生(39歳)である。

最初に歌でアイスブレーキングをして、その後、グループワークで「理科とは何か」「何故、理科を学ぶことが必要か」というテーマについて話し合い、発表した。グループごとの発表似たいして、他のグループからいろんなコメントや指摘がある。みた
感じは議論がかなり進んでいるようにみえるが、中には、あんまり意味のないディスカッションもあるようだ。たとえば、「何故、理科を学ぶことが大事か」ということに対して、「バングラディッシュでは、卵を食べると0点をとる(卵が0の形をしているから)という迷信を信じるのではなく、栄養がとれるので食べてもいいということを理科をできる」といったこと、「2人の子どもが喧嘩をしていたらそれを科学的に説明するにはどうしたらいいのか」といったことが議論されたりもする。話が脱線したりするが、受講者は楽しそうにリラックスしているのである程度はいいかもしれないが、あまり脱線することが多い場合、注意しあう雰囲気や、講師が注意するなどが必要だ。

(続く)

バグラディッシュの教員研修について

ミャンマーの教育案件でご一緒させていただいた相馬さん(JICA Support Program for Strengthening the capacity of teacher traning in Primary Teachers Trainin Institutes to improve classroom teaching under Component 3 of PEDP 3. のプロジェクトリーダー)に、バングラディッシュにおける教育プロジェクトを視察させていただいた。
バングラディッシュでも教育の質向上をめざして、初等教育におけて授業研究を導入している。バングラディッシュには、もともとCluster Meetingという地域の学校教育が半年に2回ほど集まって、議論を通して学ぶというInservuce Trainingがあった。学校の教員はそのCluster Trainingで教師としての力量形成をする。先日訪問した学校の教員は、Cluster Meetingに参加して、科目の内容について学ぶらしい。教授法(ペダゴジー)については、あまり話し合わない。しかし、村の教員でもAssessment MethodとかMotivationという言葉をつかっていたことから、そういった用語を学ぶ機会はあるということだ。でも、用語をしっていても、それが自分の授業を振り返る手助けにはなっていなかった。
今、指導書のサンプルを読んでいる。とてもおもしろい授業案があって、こういう授業をすると生徒は楽しく学べると思う。だが、これに従えばいい、といわけではなく、それを事例としてどう自分で授業を改善するかということを「考える」ということが大丈夫。指導書の通りにやれば、いい授業というわけではなく、なにが「いい授業か」ということを考え、考え、考え続けていくことが大事。そのためには、振り返り枠組みと振り返る習慣が大事。そういう観点からみると、教員研修でめざすべきことは次の2つ。
①自分の授業をどう改善できるかについて、自分の授業を批判的に振り返り、改善策を考える習慣を持つ。
②振り返る際の枠組みを複数もっておく。
③いいと思った点を学ぼうとする態度、意欲。常に学ぶことを楽しむマインドと態度が不可欠。
ミャンマーでは、①のために、授業研究を導入したが、他の教員(授業を観察する側)がコメントをしすぎて、デモンストレーションレッスンをした先生の振りかえりにつながらなかった。②については、事例を冊子やビデオにして全国の教育大学に配布したが、それを解釈する人がいなければ、みているだけでは、なにがいいかわからない。解釈を手助けするMediatorを養成することが課題だった。③については、経験だと思う。だから、授業研究を繰り返し、自分自身で生徒の反応や成果をみて、確認していくしかない。
もうすこし詳しく書くと、
①授業研究のリフレクションでは、コメントやアドバイスよりも「質問」を重視する。質問を通して振りかりを促すのである。そのためには、「良い質問」が不可欠。そのため、研修では、良い質問をどうつくるか、ということをしたい。質問というのは振りかえりの枠組みを持つということなので、質問する側にとっても学びになる。質問の種類が増えるほど、振り返りのための枠組みができる。
②については、共通のビデオや授業研究をみて、「良い授業とはなにか」ということを何度も何度も話し合う。または、授業案を作って、みんなでそれを修正していく。これは少人数かつ長期的に取り組む必要がある。授業案を日本人が提示するのではなく、現地の人と一緒につくり、何度も何度も繰り返して検討していく。そのプロセスを通して、なにが「良い授業案をなのか」という概念を形成することができる。そういう人が、新しい教材や事例が学校に導入されたときにInterpretorとしての役割を果たせば、教材を配布する意味がある。これは、少人数からはじめて、数を増やしていけばいいと思うけれど、カスケードにするとどうしても質が落ちたり、間違った概念が入って、そのまま伝わるということがあるので、そこは課題だと思う。
③については、どうなんだろう?日本の教育実習や授業研究でもそうだけれど、どういう人とが学ぶ人なんだろう?①や②と関連しているのだろうか。このあたりは、黒上先生の話を聞いてみたい。
相馬さんはまさに上記の課題に取り組んでいる。具体的な取り組みについていろいろ見せていただき勉強したい。
写真は、村の小学校(※プロジェクト対象の学校ではありません)

ミルプールの初等教育局プロジェクト事務所

現在、ミルプールの初等教育局のプロジェクト事務所にきている。まずは、バングラディッシュへの国際協力現状について、いろいろ資料を読ませてもらう。その資料のひとつに、Manushという雑誌があり、そこに、同じ研究室の水谷くんの顔が!その雑誌の2ページにこんな言葉があった。

『Manush』
ベンガル語には、Munush Koraという言葉がある。直訳すれが「人間にする」。
バングラディッシュにおいて、人間は生まれた時きはまだ人間ではない。周りの人々から育てられてManush(人間)となり、親や社会的は新しい命をManushにする責任をもつ。人の間で生き、人は人の間をつあんげていく。それがManush(マヌーシュ)。

バングラディッシュにきてまだ5日だけれど、バングラディッシュ人の人を大事にする心をこの言葉を通してとても理解できた。

PAPRIの調査終了!

PAPRIのみなさん、PAPRIを紹介してくれた水谷君、本当にありがとうございました!

明日からは、ミャンマーの教育案件でご一緒させていたただいた相馬さんについて、バングラディッシュのJICAの教育案件の調査をさせていただきます。20120227-224346.jpg

2/27 PAPRIが支援する教育プログラムの視察

PAPRIが支援している高等学校を視察した。この学校は、日本ボランティアサポート(NVS)というNGOが支援して建設した。NVSは学校を建設し、設備も整え、最初の数年は教員の給料も含めて支援をしていたが、バングラディッシュ側が自立して学校運営ができるように、バングラディッシュの政府の学校として登録した。教師の給料はバングラディッシュ政府から支払われるようになったが、メンテナンス費、設備費、光熱費についての支払いはない。そのため、現在その分については、PAPRIが負担をしている。メンテナンス費、設備費、光熱費についてもバングラディッシュ政府から支払われるように現在申請中であるが、時間がかかりそうである。

NVSが建てた学校のように、NGOが建てて運営してきた学校を政府の学校として運営するということは、バングラディッシュでは結構あるようだ。政府の学校として認可されるためには、政府によるリサーチが必要になる。それは、他の学校が近くにないか、最低限の生徒数が集まっているか、建物や設備は十分か、ということである。条件が満たされていても、賄賂の習慣があるこの国では、賄賂を支払わなければなかなか承認を得られないということもある。難しい問題も抱えているが、政府の学校としていつか認可してもらえるまでPAPRIが支援することにしている。そうでなければ、この地域に学校がなくなってしまうのだ。

PAPRIとしては、認可されるまでこの学校運営をどうしていくかを考えている。現状を維持することだけでも必要なことだが、教育の質を高める取り組みをしてひとつのモデル校のようにしたり、何かUniqueな取り組みをしたいと考えている。そのためには、リソースパーソンや助成金が必要になるため、今後の課題である。

校長先生からお話を聞かせてもらったあと、数学と英語の授業を視察した。私の専門が教育工学だというと、是非授業をみてフィードバックをしてほしい、といわれたので、その通りにした。

私が視察した授業は完全な「知識伝達型の一斉授業」である。数学は、教師が公式を説明し、それを生徒に暗証させるというものだった。英語は、穴埋め問題を黒板に書き、それを答えさせて、「Correct」か「Wrong」のフォードバックだけして次に進んでいった。

授業終了後、6名の教員が職員室に集まり、私のフィードバックを聞きたいといった。改善できるところは数えきれないが、私がコメントするより、振り返り支援をしようと思い、次の5つの質問をした。

①今日の授業の目的は?

②その目的を到達できたと思いますか?それは何故ですか?

③授業で問題集を使っていましたが、半分以上の生徒がそれをもっていませんでした。それが分かっているのに何故使ったのですか?

④穴埋め問題を答えさえる時、生徒を前に来させて答えさえていましたがそれは何故ですか?

⑤今日の授業の「教え方」を振り返って、どれくらいうまくいったと思いますか?それは何故ですか?

上記の質問に答えてもらい、そこから今日の授業のWeak pointsに先生自身に気付いてもらい、そこから次の授業への改善点を出してもらった。はじめは、「私の今日の授業は100点です」といっていたのだが、質問をしていく上で、「Assessment methodがあまりよくなかった」「貧しい生徒は問題集を持っていないのに、問題集の問題をやらせたので、黒板に書いてみんなが解けるようにしなければいけない」「モチベーションを高めるために前にこさせたが、前にでて発表して終わりになっていたので他の生徒とコミュニケーションができるようにしたい」と言ってくれたので、「その通りだね」といってそれを私からのフィードバックとした。

ひとつ気になったのが、2つの授業で問題を出してその回答を言わせて、評価する(まさにミーハンのいうIRE)だったので、「何故そう思うのか?」という質問を足してみたら、生徒の考える力も育つよ、というと、「それはシラバスにのっていないからできない」と答えていた。シラバスに沿った授業をするように指示されているのだろうか。教師がいろいろ工夫することも大事だよ、という話をしたが、「シラバス以外のことはできない」の一点張りだったので、この学校の授業改善は、まず先生の意識変化からだな、と思った。

2/27 Handicapped Programの視察

バングラディッシュには、約10%の身体的または精神的障害をもった人がいる。そういう人たちは社会から孤立し、差別されてきた。バングラディッシュ政府は、この状況を改善するために学校教育のリノベーションをしたり、新しく建設される学校には手すりや車いすが移動できる坂を作るなどしている。しかし、障害を持った人たちは歴史的・社会的に差別されてきたため、政府からの発令があったとしても偏見や態度は変わらない。そこでPAPRIは、障害者を支援するプログラムを始めた。

まずはじめに、障害者の人たちが置かれている村の状況について説明する。村のほうでは、障害者についても「誤解(misbeliving)」がある。それは、障害とは神(アッラー)が与えたものであり、何か悪いことをしたからそうなったと考えている人がいる。イスラム教の経典(コーラン)には、どんな人も平等に対応すべきだとコーランにも書かれているが、村人は障害者をみると「何か悪いことをしたに違いない」と考える。そのため、障害者のいる家族は、はずかしがってその子を無視したり、家から出さないようにし隠す。生まれつき障害がある子は家から出さない。事故などで障害を持っても、「何か悪いことをしたんだ」と考えられ、家族からも見放されることが多い。

そんな社会的状況の中、障害を持った人は窮屈な生き方をせざる負えない。しかし、事故や怪我、病気が原因で障害を持った人たちは、「このままではいけない」と立ち上がった。PARPRIはそういう人たちを支援し、障害者の経済的独立を支援している。今日は、Chief of Disable programのアシマさん(女性)と彼女のアシスタントのクリシュナーさん(男性)に同行してもらい、経済的独立を果たした2人の方に話を聞いた。

【ハルシャバンさん】
ハルシャバンさんは15歳まで健康な少年だった。15歳の時、突然高熱に襲われ、その後、片足が動かなくなった。その後、松葉づえでの生活を強いられた。つらかったのは、松葉杖での生活ではない。家族や友達、地域の人の態度が急変したのだ。これまでやさしかった家族はハルシャバンさんを避けるようになり、ハルシャバンさんは孤立した。これまで一緒に遊んでいた友達とも遊べず、自分はもう何もできないとふさぎこんだ。このままでは駄目だと考え、何かビジネスを自分で始めようと考えた。いろんなビジネスを見て、自分ができることを考え、小さな店なら自分でもできると考えた。村の店は小さいのでそれほど移動が必要ではない。また客がくるまでは基本的に座り仕事だ。ハルシャバンさんは、学校にいっていたので、読み書き計算ができる。またちゃんと地域の人とコミュニケーションをとったら交渉もできるので、ビジネスを始めるのに問題がない。そこで、店を始めたいので、お金を貸してほしいと家族に頼んだ。しかし、家族は「お前にそんなことができるわけがない」と取り合ってくれない。

そんな時、PAPRIのマイクロクレジットについて知ったので、PAPRI事務所に訪問した。PARRIでは、返済可能だと判断した人にしか貸さない。それまで障害を持った人は社会的孤立し、経済的自立ができないと考えられてきたが、ハルシャバンさんのようにやる気があって、具体的なプランのある人であればそれを支援できると考えた。そこで、マイクロファイナンスのうち、ソフトファイナンスという枠組みでお金を貸した。ハルシャバンさんは、そのお金を得て、村に小さな店をもった。今では、一人の子どもも持ち、経済的な自立を果たした。

将来は、ビジネスを拡大すると同時に、障害を持った人たちの支援をしたいと考えている。自分が障害者になってどれほどこの社会で生きにくいかということを実感した。手足に不自由があるだけで社会から隔離されるのはおかしと考える。障害をもっていてもできることはある。そのためには、まず、社会が障害者を受け入れる(Acceptする)態度が必要だという。ハルシャバンさんは、自分と同じように障害を持っている人たちをみつけては、何ができるかを一緒に考えて提案する。PAPRIもその支援をしている。障害をもっていても店をもてるということはハルシャバンさんが証明した。地域の人は彼をみて考えを変え、障害者に対してより受け入れる準備ができるようになってきた。しかし、そういった村はまだまだ少ない。社会で自律する障害者をどんどん増やすことによって、「彼らも我々とは変わらないんだ」ということを見てもらう必要があるとハルシャバンさんは考えている。

【カラムさん】
カラムさんは、村でコンピュータ教室を営んでいる。彼は、結婚してしばらくしてから屋根から落ちて背骨を負傷し、下半身不随になった。妻は、夫が障害者になったということを知ったとたん、家を出た。カラムさんは、自分が障害をもったことで妻が家からでたことに大変ショックを受けふさぎこんだ。その様子をみたPAPRIのスタッフが、その時他のNGOが実施していたリハビリテーションに彼を誘い、カラムさんはしばらくリハビリに通った。ハングラディッシュでは、障害者に対するリハビリは十分に整備されていない。カラムさんはそのリハビリを受けて車いすで動けるようになった。その後、PAPRIが実施する職業訓練を受けた。コンピュータ教室である。そこで、コンピュータのノウハウを学び、その後マイクロクレジットを受けて、村でコンピュータ教室を始めた。20,000TKを借り、障害を持つまでに貯蓄していた15,000TKを合わせて35,000TKでコンピュータを買った。現在6人の学生が学びにきている。

カラムさんも、将来は障害を持った人たちの支援をしたいと考えている。自分が障害を持つまで、障害者がどれだけ孤立しているか想像もできなかった。妻に逃げられ、家族からも見放され、つらい経験をしたからこそ、同じ経験をしている人を支援したいと考えている。障害を持っても、経済的に自立できるのは、ひとつは、教育を受けていることが重要であると考える。障害を持った子どもたちは学校に行かないことが多い。なぜなら、学校でいじめがあったり、先生や友達からも受け入れられず、また階段など一人では移動できないにも関わらず誰からも助けてもらえず、辛い思いをして学校に通うのをやめるからである。しかし、自立するためには、読み書き計算は不可欠である。また、障害を持っているという理由で家の中に閉じこもっていると、人とのコミュニケーションができなかったり、社会に適応できなくなる。学校というところは、いろんな人と出会い、社会的なスキルを身につける場所でもある。そのため、まずは障害をもっていても学校に行けるということを保障する取り組みをしなければいけないとカラムさんんは考える。「教育を受けていれば、自分たちで何ができるかを考えて行動できる。自分を助けてくれた人たちのように、助けてくれる人が周りにいれば何かできる。学校に行くことで障害者の未来を切り開くことができる」と言っていた。ただし、障害を持った子どもが学校にいけるようになるには、まず学校が障害者を受け入れるMind(心)を持つことが不可欠である。しかし、実際にそういう状況にない。どのように学校で障害者を受け入れるのか、それが課題でもある。

2/26 NGOの葛藤

NGO活動をする上で大変なことは、地域の人、たとえば農村部の人たちにとって当たり前だと思っていること、習慣になっていることを変える際の反発である。たとえば、児童労働が当たり前である地域において、子どもを学校にいかせるという取り組みは、村の人たちの反発を買う。農業で人出がたりないのに、なぜ子どもを学校にいかせなければいけないのか、と。そういう反発にたいして、NGOは政府を含めいろんな人たちと連携して、村人にプレッシャーをあたえ、子どもを学校にいかせるように促す。NGOだけが声をあげても村の人たちの意識はかわらない。その重要性についても、自分が教育をうけていないのでわからない。そういう村人たちに、子どもたちを学校にいかせるようにするには、政府のプレッシャー、地域のプレッシャーをうまく利用うする。そうすることで、学校にいかせなければならないという共通認識を作っていくそうだ。

インドでもシッダールタさんが同じことをいっていた。ニーマ村に学校を作った時、近くのレンガ工場のオーナーから嫌がらせをうけた。レンガ工場では、安い働き手、つまり子どもが必要である。しかし、しっダールタさんが学校をつくり、子どもを学校に通わせることでその労働力を手に入れることが難しくなる。また、村の人にとっても、子どもが学校をにいけば、収入が減ってしまうので学校にいかせるのに躊躇する。結果、学校をつくっても、子どもが来ないという問題もでてくる。そいうとき、どうするのか。いろんな社会的プレッシャーをつくっていくのである。つまり、学校にいかせることがあたり前という文化、常識をつくるのである。

新しい考えや価値がはいってきたときは、必ず葛藤が生じる。それをどう解消していくかは、活動理論を始め、研究されているが、やはり社会的歴史的なこととどう関連させ解消していくかが重要性なのだな、と再認識した。

2/26 村の衛生教育の取り組み

UNICEFの支援をうけて、Sanitation, Hygiene Education & Water Supply (SHEWA-B)プログラムを実施している。今日は、シャアワービという村の取り組みをみせてもらった。ループシャナアッターという女性がこの村のCommunity Hygiene Promotorである。村では、不衛生が理由で病気になったり、幼児が下痢による発熱などでなくなったりする。トイレのあとは手を洗うとか、乳児に与える水は清潔なものでなければならないとかそういう簡単な習慣で防げる病気がある。

UNICEFは視聴覚教材を村に配布し、村の衛生管理を促しており、その生活は乳児の死亡率の減少などからもわかる。

バングラディッシュ政府も衛生教育を重視し、学校教育にも取り入れている。しかし、親たちはそういった教育をうけていないので、親を対象にした取り組みをである。ただし、活動には学校にっていない5歳以下の子ども参加させている。

PAPRIが実施する衛生教育は、ループシャナアッターのようにPAPRIのスタッフがきて、UNICEFが配布した紙芝居や視聴覚教材をつかって説明するというものである。見た感じは知識伝達型である。

活動後、PAPRIのスタッフがきて、紙芝居や視聴覚教材をつかって説明しただけで、村人の習慣は変わるのかという質問をした。それに対して、答えはYESでもあり、NOでもあった。つまり、衛生関係で病気になったり、そういう取り組みを重要だと思っている村人とにはすぐに「気づいて」もらえる。しかし、それまで特に問題がなかった家族にとっては、それが何故重要なのかを理解してもらうのは難しいから。だからといって、病気になってからか、または乳児が死んでからでは遅い。そこで、重要性を認識した村人を中心に、周りの人に声かけなどをして、村全体で衛生管理をすることの重要性について価値をつくりあげていったそうだ。たとえば、「あなたんところ、牛の糞をおきっぱなしにしているわ。あれ、なんとかしてちょうだい」とか「生ゴミをそのままにしておておくから、蝿がたかっているじゃない、なんとかしてよ」というのである。綺麗にしているキッチンには蝿はこない。そうやって声かけをして、綺麗にすることが大事だということをみんなで共有したのだ。家の中をみせてもらうと確かにとてもきれいにしている。村全体をみてもごみが落ちていない。村人の衛生管理の意識の高さがよくわかる。

こういう活動ができるのが村の単位が小さいということもある。インドのスジャータ村みたいに大きなところでは、ゴミ問題をはじめ衛生状態の悪さが深刻な問題である。しかし、村の単位が大きすぎて、そういう価値観を共有することがむずかしい。また、この村のようにオピニオンリーダーがはっきりしていればいいが、スジャータ村のようなところでは、なかなかそういう人をもつことはむずかしいんじゃないかな。このあたり、ニランジャナのシッダールタさんやあきよさんと話し合ってみたい。

2/26 Staff Development of NGO

村での衛生教育の視察のあと、このプログラムを担当している3人のPAPRIスタッフと1時間ほど話した。というか、振り返りをしようと持ちかけた。その理由は、活動自体はとてもよいことだと思うけれど、その方法はもっと改善できると思ったからだ。たとえば、今回の説明の仕方だが、ループシャナアッターがひたすらら、紙芝居の後ろにかいているスクリプトを淡々と読んでいるだけで、全然村人が集中していなかったからだ。みていてすぐわかるのに、彼女はそのまま長い間、それを読み続けた。途中で、男性のスタッフが説明をした。その人は、身振り手振りをつかって説明をして村人の関心を引きつけていたが、それでも話が長すぎた。村人の意見をもっと引き出したり、質問ををいれて巻き込むようなことをすればもっとよくなるだろう。

今回いろいろお世話になっているので、(エラそおうかもしれないけれど)活動方法をもっとよくするための振り返りを手伝おうと思ったから。

まず、今日の活動についてどう思うかふりかえってもらった。具体的には、どういうところに課題があって、それをどう改善したいか、と聞いた。それにたいして、ひとりのスタッフは「プロジェクターやコンピュータがあればもっと活動がよくなる。UNICEFの紙芝居やポスターなど視聴覚教材だけでは不十分だ」という。もう一人は、「時間通りにこない人がいて、10分も遅れてスタートした。農業をしている村なので、畑仕事を時間通りに終わらせることができないが、やはり時間をまもってもらえるようにしなければいけない」ということだった。3人めスタッフは「この活動をの助成は6月までなので、継続できないところに問題がある。助成してくれる団体が必要だ」という。

これに対し、私のところ、自分たちの方法をどう改善するかという視点をもって振り返りをしたことがあるかときいた。みんなびっくりしていた。話によると、活動は基本的にやって終わりなので、そのときの活動をどう改善するかという振り返りはしたことがないという。「なるほど、これが日本が発展する理由か!!」と感動していた。シリアでもそうだが、振り返りをしても、問題の原因をいつも自分以外のことに関連づける。自分の振る舞い、方法について批判的に振り返るということはない。だから同じことをずっと続け、マンネリ化する。毎回、自分の行動を振り返ることで、常に新しいことにチャレンジできるため、マンネリ化することもないし、改善にもつながるし、改善されれば自身にもなる。そういう習慣がもてたら、STAFF DEVELOPMENTになるだろう。

言われたことならできる、ではダメ。NGOは社会的リーダーシップをもって常に批判的に、創造的に活動していかなければならない。国やドナーから助成をうけているNGOほど、その成果を実施回数や受講者数で示そうとするため、質の改善に注意が払われないけれど、今後は特に、NGOも自活して継続的させていくことが求められるため、それだけではだめだ。ひとりひとりがが批判的、創造的に考えていく力が必要。今後、私が社会貢献のひとつとしてやりたい分野になりそうだ。NGOのStaff Developmentに取り組みたい。専門だしね。

2/26 マイクロクレジットの視察

ナリーコンランという村のマイクロクレジットを視察した。同行してくれたのは、マイクロクレジットを担当しているProject CoordinatorのZakiulさん。とっても英語が上手で、タンザニアで働いたことがあることからタンザニアネタでよくおしゃべりし、とても仲良くなった。

今回視察したグループは、34人の女性が参加している。教育は、集金日だたのでそれをみせてもらった。集金日は、PAPRIのスタッフのArea Coordinatorの役割である。女性たちが集まってきて、パスノートといわれる記録帳を提出し、今月の返済額を渡す。PAPRIのマイクロクレジットの返済額は、去年は99%。かなり高い割合だ。
マイクロクレジットをうけた女性たちたちは、そのお金をもとに、起業する。それまでは、労働者としてしか働けなかったがが、自分たちので起業することで収益をえることができている。グループで活動するため、女性同士で成功体験や知見を共有し、どうすればビジネスができるかをみんなで考えるそうだ。

女性たちにマイクロクレジットに参加することで、生活の何が変わったかについて4人の女性にインタビューをした。
女性Aさん:農地を借りて自分たちで野菜を育てることができるようになった。自分の父親は農家で、農業については、小さいころから手伝っていたのでどうすればいいかわかるのだが、結婚してから農業をする土地がなく、日雇い労働者として働いている。今では、自分たちの農地で野菜を育てることができるので、自分たちの家族の野菜も手にはいるし、それ以外は売って収入にすることができた。5000tkほど貯金ができたので、家のファンを買った。お金は使わず貯蓄しておいて、またお金を借りる時のデポジットにしている。

女性Bさん;夫と離婚してから子ども2人を抱えてどうすればいいか途方に暮れていた。マイクロクレジットを受けることができたため、小さな店をひらいた。今はその収益で、子どもたちを育てることができるし、学校にもいかせることができた。学校教育は大事だと思う。農家でもなく、手に職があるわけでもないので、学校にいかせて、勉強をさせてあげたい。今でも、毎日20ー30tkの貯蓄をするようにしている。

女性Cさん:これまで肉屋から肉を買って、それを村で売っている。マイクロクレジットを得てから牛を購入できるようになった。牛を持つことにより、肉を売るだけではなく、牛皮も売ることができる。得た利益で、ミシンをかった。それで仕立てなどの仕事もできるようになり、レンガの家を作ることができた。今では7000tkくらいの貯蓄がある。

女性Dさん:マイクロクレジットをうけて、いろんな野菜をの種を買うことができた。それで農業を営んでいる。もともと農家なので、そのノウハウがある。いろんな種を得ることで、収入につながる。得た利益は農業ををするための器具購入にあてているので、家はまだ質素なのだけれど、将来的には、家のものもいろいろ揃えて行きたい。何よりも、子どもができたら、学校にいかせたいので、そのための貯蓄をもしておきたい。

村をまわり、村人のインタビューをしてから、次はシャキールさんに現在の取り組みに対する課題について聞いた。シャキールさんによると、課題は3つ。ひとつは、マイクロクレジットが受けれる対象者が限定されているということ。マイクロクレジットを受けるためには、村人がなぜお金が必要なのか、それをするための技術や経験があるのか、返済額できる可能性はどれくらいあるのか、ということを基準にして貸す。マイクロクレジットによって村人の多くがその恩恵をうけることができたが、本当に貧しい人たちはその対象にはならない。なぜなら、本当に貧しい人たちはリテラシーがなく文字がかけないため、申請をすることもできない。今も、マイクロクレジットをうけている多くは農家や肉屋など親から引き継がれる技術や経験がある人たちだけである。農業や酪農の知識や経験、仕立ての経験などがあれば、起業できる可能性があるため、お金をかせるが、親の代から労働者で技術や経験のないとても貧しい人たちは、返済できる見通しがないため、貸すことができない。そのため、マイクロクレジットで救えるのは、貧しい村人のうち、農家であったり、仕立て屋など手に職がある人だけである。これがひとつの課題である。

もうひとつは、他のプログラムとの組み合わせである。村人がビジネスをするためには、その前提としてBasic Needsがみたされていることである。家族や自分が病気であったり、食べるものがなかったりすると、お金を借りてもその日暮らしの食料や薬でお金を使い切ってしまう。Basic Needsをみたすため、PAPRIでは、マイクロクレジットだけではなく、病気を防ぐための衛生教育や食教育(栄養の鳥かたや病気の際の食べ物のバランス、下痢になった時の飲み物の作り方など)に関するプロモーション活動を実施している。村の人が健康でいられることがマイクロクレジットが成功するための条件になる。しかし、これらのプログラムはドナーによる予算がついている時は実施できるが、期間の限定があるため、そういう活動ができなくなると、持続可能な活動といわれているマイクロクレジットにも影響がでてくる。いろんな活動やその成果の相乗効果によってマイクロクレジットはうまくいているので、その成功要因であるBasic Needsを支援する活動も同時に続けていく必要がある。

最後の課題は、災害や事故によって返済できなくなったときの対処である。銀行の保険がないので、返済が不可となったときは、すべてPAPRIの負債になるからである。

マイクロクレジットのBenefitsは、村人がビジネスを自分たちでできるようになるだけではない。シャキール氏によると、次の4点である。
① どのようにビジネスを計画し、実施するかのノウハウを学ぶことができる。
マイクロクレジットはグループの中で実施する。そのため、新参者であっても、古株の女性たちからビジネスをするためのノウハウを学ぶことができる。これはこれまで女性たちがうけたことがない学習内容である。マイクロクレジットのグループというコミュニティにはいることで、計算、企画、準備、プレゼンの仕方などについて学ぶことができる。言い換えれば、ビジネスをすることを通して、考える力を身につけるのである。このようなスキルの習得は女性のエンパワーメントとににつながっている。
②村の発展
女性たちが家族と一緒に商売をすることで、村に小さな店ができたり、肉屋ができたりする。これまで日用品を買うために時間をかけて遠くの村にっていた人たちが近くで買い物ができるようになる。そおうやって村が活性化していく。ひとりひとりが村で必要とされるビジネスをすることで、村の活性につながっている。
③子どもたちの教育
自立する母親など女性たちをみて、子どもたちも将来ビジネスをしたいと考える。そのため、文字の読み書きが必要だと感じ、学校で学ぶ意義を見いだす。子供たちに聞いたところ、将来やりたいことがいろいろある。日雇い労働の家の子供たちは、親と同じ職につくことが多いが、日雇い労働者から起業し、自立する女性同士が子供たちたちのロールモデルになっている。
④村の女性たちがの相互補完関係
村の女性たちちは、マイクロクレジットのグループ活動を通して、自分たちがたすけられてきた経験から他の人を助けようとする。そうやって、村の女性たちがどうしの助け合いが生まれる。前に助けてもらったから、今度は私も助けるわ、といって困った時に助け合っている。この関係は村の女性の孤立化を防ぎ、コミュニティを通してエンパワーメントとにつながっている。

将来的の展望について。マイクロクレジットの取り組みはひとつの Social Businessである。継続的な取り組みとして残っていくひとつの事業であるため、現在の課題をひとずつ解決し、進めて行きたい。

視察を通しての私の感想;バングラディッシュの農業をは昔ながらの伝統的な方法である。基本的には手作業で農業ををするし、余裕があれば牛を使う。つまり、全く機械化されていない。だからこそ、マイクロクレジットが成り立つ。つまり、無駄な買い物をしないのである。これが機械化してくると、機械をかいたい、燃料が必要だ、といってお金を貯めることが難しくなる。生活に必要なものが最低限あれば満足できる社会だからこそ、成り立つのではないかと思った。

2/25 女性グループ形成によるエンパワーメントの取り組み2

Empowerment of vulnerable people (EVP) of Raipura and Belabo under Narsingdi district

村の女性の問題については、インドでゆきから話を聞いて感がさせられた。インドとバングラディッシュが必ずしも同様の問題を抱えているわけではないが、ソーシャルワーカーのシャルミンさんの話を聞いたところかなり共通点があると思った。

まずは、ゆきから聞いたインドの村の女性問題についてまとめる(たぶん、むつみとあすかがインドフィールドワークのブログで詳しくまとめてくれるはず)

インドでは、ダウリーの問題が女性の差別につながっている。ダウリーとは結婚する時に、花嫁の家族が花婿の家族に支払うお金である。インドでは、ほとんどがArranged Marriage(お見合い結婚)なので、ダウリーの金額が少なければ、花婿側の家族くから嫌がらせをうけたり、無視されたりするため、花嫁の家族は借金をしてまでダウリーを準備する。女性が多い家族はかなりの負担があり、せっかく貯蓄した財産をダウリーのために使い切ることもある。そのため、女の赤ん坊がうまれると、インドでは、父がアル中になってしまくらい悲しむそうだ。
ダルリーに関わる殺人事件もある。ダウリーを得る為に、結婚したあと、妻を殺害して再婚し、また結婚してダウリーを得るというものである。もちろん、地域の人が気づくけれど、そういうことを考えつく人は教育をうけていない人だったりするので、起こるそうだ。「どうせ嫁にいく娘に教育させる意味はあるのか?」「ダウリーにお金がかかるのに、教育にかけてやるお金はないよ」と村の人は考える。中には、女の子が生まれたら殺してしまう家庭もある。女の子をそだてることで、家族が飢えて死んでしまうかもしれない。そんな苦しい選択を迫られることもある。

ダウリーが払えて結婚したからといって必ずしも幸せになれるわけではない。Arranged Marriage、結婚しても夫が愛してくれない、かまってくれないため、孤立することがある。親が決めた結婚とは家、夫の家族は夫の味方をするため、ますます妻は孤立する。子供ができれば、家族の中である程度存在感をみせることができるが、夫がかまってくれず、子供ができなければ、孤立する。自殺をはかったり、実家に帰る女性もいる。そのため、夫の家族は嫁が気に入らなければ、無視し孤立させるそうだ。新しい花嫁をもらうために。

出産についても女性たちは苦しい思いをしている。農村部では、性教育とかがない。また親から子供に教えるという習慣もない。そのため、女の子たちは、体が変わっていくことや、結婚してから何があるかということを知らない。年に2回も妊娠する女性もいる。そして流産する。子どもは神様から与えられたものだと考えている村人が多いので、子どもが流産しても、神の意思だと考えている。女性をいたわるということはない。女性は結婚する時子どもができるまでは、一人だけで外にでるということはないので、誰にも相談できないまま生きている。

バングラディッシュでもダウリーの問題は深刻であり、現地NGOは反対運動もしている。また女性問題をについても類似点が多い。そんな社会的背景のなか、PAPRIは女性たちの問題を女性たちで解決するための活動をしている。特に小学校高学年から中学生は自由に動ける(コミュニティに参加できる)ため、10歳から19歳の女の子たちのグループを作り、性教育や女性たちが直面するであろう問題について話し合う。

私が視察したグループは、Puberehar Sapla Mohila Groupである。このグループは、形成されてから4年がたっている。月に2回集まってテーマについて話し合う。テーマは、1回はPAPRIが提供し、もう1回分は村の女性から提案されたテーマについて話す。PAPRIから提案されるテーマは、村社会における女性たちの社会的役割について、家族の中での女性たちの役割について、女性が健康面で気をつけることについて、生理について、出産について、家庭内暴力についてなどである。村の女の子たちからあがっあtテーマは、学校での男子生徒によるからかいに対してどう対応したらいいのか、しつこく電話をかけてきたり、あとをつけてきたりする男子生徒にどう対応したらいいのか、などである。

グループに参加している女の子たちに次のような質問をした。
Q お母さんたちは、生理や出産について教えてくれないのか?
A 教えてくれない。はずかしいのかもしれない。もしかして、知らないのかもしれない。このグループで話しあったことは、お母さんに教えたりもする。

Q 参加することで問題解決できたことは?
A たとえば、生理になったとき、どう対応したらいいかがわかった。そういうことを教えてもらえない。しっていたから対応ができたけれど、知らなかったら、病気になったしれないと不安になっていた。
A 女性の権利が何かについてしれたことで、もし家庭内暴力があってもそれが間違ったことだとわかるので助けを求めることができる。しらなったら、それが結婚生活ではあたりまえだと思って、黙っているかもしれない。

最後に、シャルミンに今後の課題について聞いた。
この活動は、シャプラニールの助成をうけて3年間やってきたが、今年の4月で終わる。女性たちのグループにはリーダーシップをとる人も育っているので継続していることは可能だと思うことは、モニタリングとスーパーバイズは不可欠。定期的にPAPRIの人間がくるから、女性たちが話し合いに参加できるが、そういうモニタリングという目がなくなると、参加しにくくなる可能性がある。

また、普及に関しても課題である。この女性グループの活動は、村の女性たちのエンパワーメントの面からみると非常に成果があるが、現在活動をしているのは、15グループ(75?聞き違い?)だけである。全地域に対して普及させていくことが必要うなので、普及のための助成金を得る必要がある。せっかく育ったスタッフやリーダーを中心に普及に取り組みたい。

村の小学校の問題 特別支援の児童への対応

村の学校の問題:特別支援学校の生徒に対する対応

村の学校には10%くらいの特別支援を必要とする児童がいる。事故や病気で手足が動かなかったり、聾唖であったり身体的な障害を持つ児童と精神的な障害をもつ児童がいる。このような特別支援を必要とする児童はこれまで社会から隔離されてきたが、バングラディッシュ政府が近年、特別支援の児童も学校に通わせるように指示。村の学校でも特別支援支援の児童を受け入れはじめるが、次の2つが問題をとなった。
ひとつは、児童によるいじめである。これまで社会から隔離されてきた特別支援の児童に学校であっても、どう接すればいいかがわからない。無視やからかいなどのいじめがみられるようになった。
もうひとつは、教師がどのように対応すればいいかがわからないことである。
そこで、バングラディッシュ政府は、中央研修を実施し、学校から数名ずつ教師にたいして、研修をおこなった。NGOもこの問題について深刻に捉えており、研修後の教師の支援をローカルレベルで続けている。
具体的な取り組みは、授業以外の教科をもち、特別支援支援の児童が学校を楽しいと思わせる、ということである。音楽や美術などの授業を取り入れ、「勉強ができない、わからない、だから学校にいくのがいやだ」というサイクルを断ち切るため、学校で「楽しい」取り組みを取り入れた。
もうひとつは、学校の児童に「障害をもつ私の友達」というタイトルでエッセイをかかせ、コンテストとするというものである。
これらの取り組みについて成果があるのか、と聞いたところ、まだそれはよくわからない、というのが現状であるそうだ。
課題について聞いてみると、ひとつは、児童の特別支援の児童に対するマインドと、つまりPositive MindとAttitudeがない限り、何もすすまないという。しかし、児童にPositive MindとAttitudeをもたせるには教師もそうである必要がある。教師に特別支援支援の児童についてどう思うかと聞いたところ「授業をしっかり聞けない。話せない。授業を参加しない」といったネガティブなイメージをもっている。教師自身がそういうイメージをもっていては、いくらいろんな活動を取り入れても変わらない。
意見を求められたので、日本の事例を紹介した。(私は特別支援についてほとんどしらないが、、。このフィールドについても理解を深めておく必要があると思った)。ひとつは、特別支援の児童がいる時は、一斉授業ではなく、グループワークなどを取り入れて、グループでその子を助けながら授業を進めるということである。もうひとつは、美術や音楽も個別にするだけではなく、特別支援の児童の才能を認めたり、評価したりすることである。「あの頃はできない子だ」ということが共有されれば、その子は孤立する。しかし、その子の良さや才能をハイライトとすることで、イメージを変わることもある。数時間の授業しかみていないので、この方法がバングラディッシュの村の小学校でできるかは、わからないけれど、日本で調べてフィードバックしたいと思う。

村の女性支援 コンピュータ教室

村の女性支援の一環として実施しているコンピュータ教室を視察した。とはいっても、コースを受講しているのは女子学生3名と男子学生1名だった。

クマヨンさんの説明によると、コンピュータの基本操作とタイピングができれば就職がしやすいそうだ。バングラディッシュはデジタル化を進めていて、郵便局や役所、銀行でも徐々にパソコンが導入されている。村のほうではパソコンを使えるのは一部のお金持ちだけだった。村には10から15の有料雨のパソこ教室があるがそれに通えるのは金持ちの家の子だけだ。パソコンが使える人のニーズがあるため、村の女性支援の就職支援のためにコンピュータ教室をひらいた。3ヶ月かのコースでワードとインターネットの使い方を学ぶ。このコースを修了した学生は、NGOや政府の仕事につくことができている。

このようにパソコンが技術は就職にも役立つが、女性のエンパワーメントにもつながるとPAPRIは考えている。インターネットをつかって村の女性支援たちは、簡単に社会の情報を収集できるようになった。就職情報だけではなく、ニュースもみるようになった。政治のことや海外のニュース、健康に関する情報(特に病気になったときは、困った時など)、農業に関連する情報(天気予報など)も知るようになった。メールの使い方も学ぶが、メールをつかっている人が周りにいないため、インターネットの利用は主に情報検索であるが、将来的には村の女性が村という枠組みを超えて、いろんな人との出会い、意見交換できるようなエンパワーメントの方法も探って行きたいと考えている。

コンピュータの先生と学生にインタビューをしたので、翻訳したものをあとでアップする。

日本人のボランティア受け入れ授業をについてインタビュー

PAPRIは、現在、日本の7つの大学のフィールドワークの受け入れをしている(立教大学や関西大学など)。日本人ボランティアのフィールドワークの受け入れをはじめて11年である。日本人ボランティア(特に大学生)を受けいれることのMerit, Demerit, Challengeについて4人とのスタッフに話を聞いた。

調査の時間は10時から11時半までの1時間。インタビューに答えてくれたのは、下記の4人。
クマヨン氏 Coordinator of Problem Monitoring
カーセル氏 Program coordinator
ナーゼム氏 Area manager for empowerment
アラウ氏 Program coordinator

加えて、下記の1名に6時から7時の1時間インタビューを行った。
シャキール氏 program cooridnator

Benefitsについて
ー日本人と関われることによるモチベーション
バングラディッシュでは、日本人にたいしてかなりポジティブなイメージを持っている。ひとつは、バングラディッシュへの支援は日本が一番であるということ。また、技術大国日本は尊敬する国であり、高額でも日本の製品を買いたいという人が多くいる。そういう日本人と関われるということ自体が、NGOスタッフにとってもメリットがある。

ー新しい考え、見方などの共有
活動をしていくと、本当にこれでいいのか、もっといい方法があるのではないか、と疑問を持つことがある。外部の人たちのきて意見交換したり、質問をされたりすることで、新たに気づいたり、新しいアイデアを得たりすることがある。そのため、活動現場を一緒に見学して意見交換するということはNGOスタッフのCapacity Developmentになる。

ープログラムマネージメント
特にプロフェッションをもった人との一緒に活動をすることは、プロジェクトマネージメントの点で学ぶことが多い。実際、一緒に活動をする中で、プランのたてかた、問題分析の方法、レポートの書き方など多くのことを学んだ。また、村人をどのように巻き込んでいくのかといったことも学んだ。学生にういては、説明をしたり、活動をみせたりする上でどのようにわかりやすく表現を工夫したり、説明したらいいかについて考えたりきっかけになる。バングラディッシュでは大学をでても英語ができない人が多い。PAPRIでも英語ができないスタッフも多い国。そういうスタッフがフィールド活動にアテンドし、英語で説明することで英語を使って説明する練習になる。

ーFinancialな支援
PAPRIでは、外部からの訪問者から一日2000tkのコーディネート費を徴収する。その中に宿泊費、食費、移動費、リフレッシュメント費、スタッフのアテンド代などがすべて含まれるが、残った分については、活動費にあてることができる。そのため、訪問者が多ければ多いほど、INCOMEを得ることができる。

ードナーの拡大
フィールド活動に参加した人の中には、PAPRIを支援することに関心をもってくれる人もでてくる。それは、フィールド活動を受け入れるとても重要な理由のひとつだ。実際に活動を見学して、その意義と課題を共有することによって共通の関心を持ち、一緒に取り組むことができる。そういう支援者を増やすことはPAPRIにとって重要ななことである。

Difficultiesについて
ー日本の学生は基本的にはPAPRIの活動を見学するだけだ。つまり、自分たちで何か活動を企画して、PAPRIのスタッフと一緒に実施するということはない。しかし、将来的にそういう機会があれば、十分に注意しなければいけないことがある。現場の問題は、現地の人が解決したいという認識をもってはじめて解決しようという行動にむかう。日本人が「この地域の問題はこれだ」ときめつけて、一方的に企画、実施することだけは避けなければならない。そのため、もし何か一緒に活動することになれば、ICTなどをつかって事前にやりとりをしっかりする必要がある。議論なしの企画は受け入れられない。
※長期の場合、一緒に現場をみてから問題を分析のして、解決策を考えたり実施するということもできるが、学生の訪問の多くの場合は1ヶ月以下の短い期間なので、ICTなどをつかって事前に議論することが望ましい。

ー価値観のギャップ
多くの場合、問題はないが、現地でのものの価値と日本人のそれとはギャップがあることがある。現地の人が大切にしている価値を注意深く観察して行動する必要がある。たとえば、挨拶、コミュニケーション、買い物の仕方などである。日本人は金持ちの国だから、と現地の人が「違い」を感じると距離ができてしまうので、注意深くしなければならない。

ー言語の問題
日本人学生の多くは英語が離せない。そのため、ツアー会社の通訳が説明をする。そのため、ローカルNGOは、学生と意見交換したり、直接話をすることはほとんどない。通訳(バングラディッシュ語から日本語)を通した質疑応答はあるが、直接議論したり、意見交換ができないことは残念なところである。ツアー会社による通訳がいる場合、PAPRIのスタッフがつきっきりになることはない。通訳の人がほとんど対応する。英語が話せる学生がくると、英語でスタッフと意見交換や議論ができるので、学ぶこともある。

フィールド活動にはいるまえに
ー事前学習について
PAPRIに来る前に基本情報については知って欲しい。多くの日本人はバングラディッシュについての基本的なことについて知っていてもPAPRIについてほとんど知らない。そのため、初日にオリエンテーションをするが、Webなどに書いてある簡単な内容うしか知ってもらうことができない。質問があるかと聞いてもほとんど質問がでてこない。毎回スタッフは同じことを説明をすることになる。事前にWebなどの情報や報告書などに目をとおしてもらえっていると、初日からより詳細の議論ができる。シャプラニールのボランティアなどは、PAPRIの活動をよく知ってくれているので、初日からいろんな議論ができる。質問されたり、それに答えたり、意見交換することで、NGOスタッフも多くのことを学べるのでBENEFITSが多い。そういう関係を持てたら理想的きだ。

ー事前にICTなどを使って学習をする場合、バングラディッシュの大学生ではなく、NGOスタッフとするほうがよい。バングラディッシュ人でも村の生活や問題についてはよくしらない。特に大学にいける学生は村の生活や問題について本やメディアをとおして知っていることもあるかもしれないが、実情については知らない。そのため、ICTをつかった事前学習をするのであれば、ぜひNGOのスタッフとやってもらいたい。

ー現地の文化やマナーについて知る
たまに、村などにいくとき、日本の文化をそのまま持ち込む学生がいる。洋服をきて、カメラをもって、バングラディッシュ人と全然違う服装や行動をすることで、村の人は「日本人は我々とは違う。金持ちの国の人だ」と距離をおいてしまう。また、そういう人たちがくると、何かくれるんじゃないかと期待する村人もいる。こういう場合、村人と日本人の関係は距離ができ、近寄ることはない。一方、事前にバングラディッシュの服装や文化や習慣、マナーを学んでいる学生は、すぐに現地の人がに受け入れられ、仲良くなることができる。挨拶程度でもいいので、言語を含め、バングラディッシュの習慣やマナーを学び、村人といい関係がつくれるよな事前学習があるとよい。

どういう連携をしたいのか
ー日本人はカメラやビデオを持っているので、PAPRIの活動について一緒にビデオをつくるなどができればよい。PAPRIに機材があればよいが、メンテナンスなどにお金がかかることや、そのための技術をもった人がいないので、機材に加えて、撮影や編集の技術をもった人がきてくれれば、助かる。

PAPRIに到着

今朝6時にホテルを出発し、10時くらいにNarayanpurのPAPRI事務所に無事到着。いろんな人とに助けてもらた。Narayanpurへの道のりは、Jumping Roadで、さらにすごい誇りだったけれど、ダッカとは違うのどかな農村風景がみれた。村でも、バングラディッシュの家はコンクリートづくりなのにびっくりした。アジアの多くはの国は、村の家は竹や木材(特に東アジア)、インド以西は土作り裏の家がおおいのに、バングラディッシュはコンクリート。屋根はメタル板だった。雨が多い国だからかな。伝統的な家がどんなのかは想像がつかない。

大地は砂地が多かった。さらさら砂地がずっと続いていた。こういう大地は農業が難しいんじゃないかしら(農業についてはまるっきりわからないのでなんとも言えないけれど)。

途中の村では、大木が積んでいるのをよくみかけた。あんな大きな木をどこから持ってきたのだろうか。森林伐採が問題になったりしていないのかな、といろいろ考えたりした。

PAPRIのクマヨンさんたちがNaranpurのバス停まできてくれ、無事に合流。まずは、PAPRIについて概要説明をいただいた。フルーツやお菓子まえだしてもらって恐縮だ。この3日、調査に協力してもらうだけではなく、私も何か貢献できればいいな、と思う。

友達100人?!

バングラディッシュ人は、本当にきさくで優しい!どこにいても、何をしていても、すぐに仲良くなれる。今日は、明日から農村部にいくので、現地の服をかいにいった。店にいくと、「ちょっと座りな、おしゃべりしよう」と声をかけられる。バングラディッシュのことを知りたいし、私も言われるままに椅子に腰を下ろす。「どこから来たんだ」「バングラディッシュはどうだ」「日本はどんなところだ」「俺のことを覚えているために写真をとってくれ(※カメラは持ちあるいていないので、そういう時は携帯で写真を撮る。すると、写真をみてまた話が盛り上がる。)」と、たわいもない話で盛り上がる。この国では、寂しいって思うことないだろうなぁと思う。

明日からの予定がたった。フィールドワークの受け入れをしている農村部のNGOを訪問する。NGOと連携したフィールドワークを実施する上でNGOが抱える課題や受け入れをすることによって得られるメリットなどについて調査する予定である。20120224-221000.jpg

国旗の意味

今日、歩いている時話しかけられたバングラディッシュ人に「日本とバングラディッシュは同じ国旗だね」と言われた。確かに!良く考えてみれば、同じ「●」が中心に描かれている。聞いたところ、バングラディッシュの国旗は、赤が昇る太陽、緑が豊かな大地を表すそうだ。あか●は同じ意味なんだ。日本の「白」は何か意味があるのかな?国旗の意味を知るって面白い。その国が大事にしていることがよくわかる。ちなみにアラブの国旗も意味があって、エジプトは、赤は革命で流された血、白は国の明るい未来と平和、黒は過去の圧政、シリアは、赤色は剣と革命を、白色は善と平和を、緑は大地の恵みを、黒色は過去の戦いを象徴する。人と話す中でいろいろ文化を知るキーワードが増えていくのがおもしろい。

グルシャンとオールドダッカ

オールドダッカを歩く時、Iphoneで地図を確認しながら歩いていたら、多くの人がそれを興味深そうにみていた。携帯か?その中に地図があるのか?この場所がわかるのか?といって驚く。一方、私が宿泊しているグラシャン地区では、私のIphoneを みて、まだ3を使っているのか?もう4が出ているよ、という。地区によって全然人の雰囲気が違う。

よくよくみるとグラシャン地区では、ルンギを着ている人 は少ない。道路のマナーもとてもよい。一方、オールドダッカでは、多くの男性がルンギを着ている。真っ黒のドレスに身を包んだ女性も多い。

またオールドダッカでは家や小さな店には水道がないようで、大きなタンクを持っている(レストランには手を洗う場所があった。手で食べる習慣があるので、食事のあと手を洗えるようにするのがレストランでは不可欠なのだろう)。タンクの水がなくなれば、道端にあるポンプ式の井戸水をくみ上げる。井戸の周りにはいつも人が多く集まっている。井戸の水を汲むのは女性のようで、女性が集まっているところをのぞいてみるとそこには井戸があることが多い。一方、グルシャン地区の店などは、クーラーも水道も完備。ちょっと疲れたら休める場所がいくつかある。

たった30分く らいしか違わないのに、それぞれに住む人々の生活はかけ離れているようだ。

南と東アジアの境

バングラディッシュは、東アジアと南アジアを結ぶ国。ミャンマーにいたころは、東アジア系の人の中にインド系の人たちもいて、これより西の国から文化も顔も習慣も変わっていくんだなぁ、と思っていた。バングラディッシュは確かにインド系の顔が多いけれど、よくよくみると、東アジアの雰囲気がある。目の優しさは、東アジアの人の特徴じゃないかと思う。だから、笑いかけられるとすごく安心する。タイ人やカンボジア人、ミャンマー人、ブータン人の笑顔をみると落ち着くように、バングラディッシュ人も私たちと同じやさしい笑顔の雰囲気をもっている。

バングラディッシュの人は、とても温厚できさくだと思った。町を歩いていても気軽に声をかけて助けてくれる。最初は、インドの時のように「手伝ってもらうとバクシーシを要求されるのでは?」と少々警戒していたけれど、全くそんなことはない。みんな親切に教えてくれ、その後、「バングラディッシュを楽しんでね」といって去っていく。親切に対して、バクシーシを要求するという習慣はないみたいだ。ただ、優しさに対して、優しさを求めてくる人はいる。たとえば、とっても仲良くなった人から「日本で仕事をしたいが、招待する人のパスポートのコピーがいるからコピーをくれ」「日本にいけるかもしれないが、観光でいくので、仕事ができるように、どこか働けるところを休み時のちょっとした時間でいいから探してくれ」とかいわれたりする。日本人としては、良くしてもらったり、助けてもらったりすると頼まれたことを断るのはつらいけれど、そこはごめんなさい。責任を負えないのでね。

目が合えば笑いかけてくれる。その多くは男性だ。女性は、話しかけたりするとにっこり返してくれるが基本的に笑顔で返してくれたり、声をかけてくれたりはしない。インドも同じだったので、特にイスラムの文化、というわけではないようだ。

Tea shops

歩き疲れたり、迷ったら、お茶屋さんに入ってやすみながら情報収集する。途上国の多くは、地元の人用のお茶屋さんに外国人が入ってくると、興味津々で近付いてきてくれる。それを機に、いろいろ教えてもらう。ところがオールドダッカのお茶屋さんは露天ばかり。座れる場所がない。休みたくても、座れる場所は、食事するところばかり。炎天の中、歩き疲れ、また地図も確認したいので、どうしても座りたい、、と多い、2回レストランに入った。朝食をお腹いっぱいいただいたけれど、仕方なしに2回も朝ごはんを食べた。おなかがいっぱい。だが、朝ご飯の豆料理はおいしい!!!インドとはまた違う味がする。痩せる暇がなくて困る。アジアの国は本当に料理がおいしいなぁ。

***1時間後、椅子のあるtea shop(たばこ屋さん?)」をみつけたので休憩。バングラのチャイは練乳なのかな?すごくおいしい。***

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オールドダッカ散策中

今日はお休みの日。金曜日がお休みなのはイスラム教の国だから。ということで、私も今日はオフにして、少しゆっくりする。締め切りが過ぎている原稿があるので、書く予定だったが、好奇心がうずうず。少しだけ町を歩くことにした。人の生活をみたいので、オールドダッカへ。私が宿泊するグルシャン地区からCNGで30分ほどのところにある(300TK)。

やはりイスラム国。店はほとんどあいていない。が、店の前にたくさんの露店が立ち並ぶ。店を持たない人は金曜日に店を開くのだろうか。そうやって物を売る機会を得ているのであれば、店を持たない人たちも商売できるので、すばらしいことだと思う。平日の様子が分からないのでなんともいえないけれど、店が閉まっていてもこうやって露店の店が並んでいるのをみるのは楽しい。

オールドダッカが入り組んでいて歩くのが難しい。感覚で覚えるしかない(地図を見るより得意だが)。モスクはそれぞれユニークな色や形をしているので、モスクを目印にして歩く。アラブの国で覚えた道の歩き方。

面白いのは、アラビア語を話せる人が結構いることだ。今日も、シリアに長く住んでいたことがあるというミントという青年に会い、しばらく一緒に歩いた。アラビア語が本当に上手!英語ができない人だったがアラビア語がペラペラだったので、しばらくおしゃべりを楽しんだ。ただ、シリアにいた、というものの、シリア方言のアラビア語ではなかったので、少し違和感もあり、途中でお別れした。住所や電話番号をほしがっていたが、それも断った。まだバングラディッシュの人のことが分からないから、、。ごめんね。昔、フィリピンで仲良くなった人に電話番号や住所を渡したことで、何度も手紙や電話でお金を貸してほしい、とか連絡(時にはコレクトコールで!)がきたことがあったので、個人情報を教えるのは注意している。

オールドダッカは、座って休めるところがない!暑い中、4時間ほど歩いてへとへとになったので、ホテルに戻ることに。午後は原稿を書くことにしよう。

 

NPO法人 PAPRI訪問

明後日のアポが確認した。NPO法人PAPRIを訪問させていただけることになった。バングラディッシュで1年以上活動をしている水谷くんに紹介してもらった。ローカルNGOによる社会問題を解決アプローチに関心があるので、その成果と課題についていろいろ学ばせてもらう予定だ。

今日、アポをとるのに対応してくれたのは、クマヨルさん。ディレクターのバセドさんは不在ということだった。PAPRIのオフィスは、ダッカからバスで4時か、バス停から2時間離れているというので、本当にひとりでたどり着けるか不安だけれど、なんとかがんばるしかない。そういう場所での活動をみたいのだからいくしかない。しっかり事前に情報収集をしていかなければならない。

インドからバングラディッシュへ

午後の便でデリーからダッカへ移動。出国前インドのフィールドワークですの準備で忙しく、バングラディッシュの準備をがほとんどできていなかった。とりあえず、ホテルの予約と現地での調査のアポだけとってきた。

地図もない。情報もない。とりあえず、情報収集からせねば、とIphone用のSIMカードをゲット。これがあれば地図がつかえるのでとても便利。GPSで場所を確認。だいたいの地理はわかった。フィールド活動は明後日からなので、明日は一日市内を周り、バングラディッシュについての理解を深める。明後日からはフィールド活動だ。

とりあえず腹ごしらえ、と夜の街を一人歩きしていると、シリアでよく食べていたチキンケバブがいたるところにある。なつかしい!ハーフチキンをひとりで食べて、お腹がいっぱいのところに、アザーンの音が流れる。同じイスラムの国だが、アラブとは違う。が、共通点も多い。なんだか安心する。私はやっぱりイスラムの国が好きだなぁ。20120223-204613.jpg

インドのフィールドワーク

2月6日から23日まではインドで学生のフィールドワークの引率です。海外フィールドワークのデザインについていろいろ考えたいです。
フィールドワーク中のブログはこちら。
http://www.ict-education.org/india/20120221-145645.jpg

1/31 学校教育におけるICT普及モデルの開発

横浜国立大学の野中先生の科研に研究連携者として関わらせてもらっている。今回、英国ブライトン大学からアブリル今日中が来日。日本の小学校におけるICT活用を視察して、イギリスの教育と比較し、日本のICT教育の課題と展望について議論する。

アブリル先生とは、数年前に2回一緒に仕事をさせてもらっている。一度目は、JSETの研究会の通訳としてご一緒させてもらい、2回目は和歌山大学教育学部付属小中学校の授業研究をご一緒させてもらった。アブリル先生はICT活用における理論研究をされている方で、理論と実践をどうつなげて研究するかに関心のある私にとって彼女と一緒に仕事をすることはすごくためになった。今回もまた、こういう機会を得れてとても嬉しい。

今日は、横浜公立大学付属小中学校を訪問。付属学校の社会的役割や研究活動について校長先生からお話をうかがった。

1/30 教育高度化促進研究プロジェクト

来年度からまた新しい研究プロジェクトに参加する。情報通信技術を活用した海外フィールドワークのデザインについてである。関西大学からの助成をうけて、私はを含め、いろんな大学の先生が参加する。私は、事前、事後学習のデザインとフィールドワークにおける情報通信技術利用のデザインが担当。今回、インド、バングラディッシュ、カンボジアで学生によるフィールドワークを視察するので、先行研究や理論と照らしあわせてモデルを作る。これまでの経験が活かせるので、とても楽しみだ。